インプラントは、失った歯を人工の歯根で回復させる治療法です。従来法である入れ歯やブリッジより優れていることは知っていても、実際にどんな装置でどのような治療をするのかよくわかっていないという人は多いのではないでしょうか。本記事では治療のやり方やメリットとデメリット、気になるメンテナンスの方法など、インプラント治療に関する基本的な情報をわかりやすくまとめました。インプラント治療を検討中の方はぜひ参考にしてみてください。
インプラント治療とは
はじめに、インプラント治療の基本から解説していきます。
基本事項
インプラントは、失った歯を歯根から回復できる唯一の治療法です。顎の骨にチタン製の人工歯根(インプラント体)を埋め込んで、人工の歯にあたる上部構造を装着します。上部構造と人工歯根の間にアバットメントと呼ばれる土台が介在する点もインプラントならではの特徴といえます。インプラントは、歯を1本失った症例からすべての歯を失った症例まで、幅広く適応できる治療法です。
インプラントの構造
上述したように、インプラントは人工歯根にあたるインプラント体と土台となるアバットメント、その上に装着する上部構造の3つから構成されています。
・インプラント体(人工歯根)
インプラント体とは、主にチタンで作られることが多い人工歯根です。ネジのような形をしていて、専用のドライバーで顎の骨に埋め込みます。近年は、ジルコニアで作られたインプラント体も流通するようになり、必ずしもチタンで作られているわけではありませんので、その点はご注意ください。また、インプラント体の長さや幅、表面の性状は製品によってさまざまで、それぞれのインプラントメーカーが開発している製品には大きな違いがあることもあらかじめ知っておくと良いでしょう。
・アバットメント
インプラント体と上部構造の間に位置するのがアバットメントです。上部構造の土台に当たる部分で、チタンやセラミックなどで作られます。インプラント体と上部構造を連結する役割を果たしますが、実はアバットメントがないタイプのインプラントもあり、ワンピースタイプのインプラントと呼ばれています。インプラント体とアバットメントと一体となっているため、アバットメントを装着するという治療プロセスもあります。現状では、インプラント体とアバットメントが分離したツーピースタイプのインプラントが主流となっています。
・上部構造(人工の歯)
上部構造は、インプラント治療で最終的に装着される部分です。天然歯と見分けがつかないほど自然な見た目に作られており、噛む力にもしっかりと耐えられる素材が使われています。上部構造は、アバットメントの上に専用のセメントやネジで固定されます。
セメント固定式の上部構造は文字通り歯科用のセメントで固定するもので、一般的な被せ物と大差はありません。一方、スクリュー固定式は上部構造の中央に穴があいていて、そこにネジを挿入することでアバットメントに固定できます。上部構造の穴は、装着後にレジンを充填して目立たないように処理します。
術式の種類
インプラント治療では、インプラント体を顎の骨に埋め込み、アバットメントを装着するという外科処置が必要となります。インプラント治療の手術には、「1回法」と「2回法」の2種類があります。それぞれの特徴を理解して、自分に合った方法を選びましょう。
・1回法
インプラント手術の1回法は、その名の通り手術を1回だけ行う術式です。つまり、インプラント体の埋入とアバットメントの装着を1回の手術でまとめて行います。そのため1回法では、外科手術による心身への負担を少なくできるというメリットが得られます。ただし、1回法は患者さんの顎の骨と全身状態が良好でなければ適応できません。1回法なら手術にかかる費用や時間、手間を省けるから、という理由だけでは選択できないのです。ちなみに、先述したワンピースタイプのインプラントは、1回法で用いることができます。
・2回法
インプラント手術の2回法は、インプラント体の埋入とアバットメントの装着を2回に分けて行う術式です。1次手術でインプラント体を埋入したら傷口を縫合して、数ヶ月待機します。インプラント体と顎の骨の結合が確認できたら、2次手術でアバットメントを装着します。外科手術を2回に分けて行うことになるため、患者さんの心身および経済面にかかる負担は1回法よりも大きくなりますが、インプラント治療の失敗や術後の感染リスクなどを最小限に抑えられます。
インプラント治療のメリット・デメリット
インプラント治療は、失った歯を人工の歯根で回復させる画期的な治療法ですが、ほかの治療法と比べてメリットとデメリットがあります。ここでは、インプラント治療を選ぶ際に知っておきたいメリットとデメリットを詳しく解説します。
メリット
インプラント治療には以下のようなメリットがあります。
・健康な歯を削る必要がない
インプラント治療は、両隣の健康な歯を削ることなく、失った歯だけを回復させることができます。ブリッジのように両隣の歯を土台にする必要がないため、健康な歯を守ることができるのです。特に、奥歯を失った場合は、インプラント治療が最も適した方法だといえるでしょう。
・見た目がよい
入れ歯には、金属製のクラスプや床(しょう)と呼ばれるプレートが付随します。ブリッジは複数の上部構造が連結しているため、どちらも見た目で違和感が生じやすいです。一方、インプラントは人工歯根とアバットメントが歯茎の中に埋まっており、口腔内に露出しているのは上部構造のみなので、本物の歯と見分けがつかないほど自然な仕上がりが期待できます。一般の人であれば、口の中をじっくり観察しても、どこにインプラントが入れたのかはわからないものです。
・骨が痩せるのを防げる
インプラントは「天然歯のようにしっかり噛める」という話をよく耳にします。これはインプラントが天然歯と同じ構造をしていて、噛んだときの力を歯根と顎の骨で受け止められるからです。顎の骨は咬合圧(こうごうあつ)という噛んだときの圧力が加わることで、健康な状態を維持できることから、インプラントでは顎の骨が痩せにくいというメリットが得られるのです。ちなみに、入れ歯は残った歯や歯茎、ブリッジは支えとなる歯が咬合圧を負担するので、欠損部の骨は徐々に痩せていきます。
・セルフケアが簡単
インプラントのケア方法は、天然歯とほぼ同じです。歯ブラシによる歯磨きとデンタルフロスによるフロッシングで衛生的な状態を維持できます。ただし、定期的なメンテナンスは必要不可欠です。
デメリット
一方で、インプラントにはデメリットも存在します。
・治療期間が長い
インプラント治療のかなめとなる人工歯根は、埋入後すぐに使える状態になるわけではありません。チタン製の人工歯根と顎の骨が結合するまでには、3〜6ヶ月程度の治癒期間を要します。そのためインプラント治療全体の期間も自ずと長くなってしまうのです。治癒期間の間は仮歯を使用することになるため、見た目や噛み心地に不自由さを感じるかもしれません。
・メンテナンスが必要
インプラントは、天然歯のような見た目と噛み心地を備えた補綴装置ですが、あくまで人工物です。インプラントを使用していく中で、上部構造が欠けたり、アバットメントのネジが緩んだりする可能性は十分にあります。また、インプラントは天然歯よりも歯周病リスクが高く、インプラント周囲炎という歯周疾患にかかることがあるため、定期的なメンテナンスは必須となっています。
・費用が高い
インプラント治療は、保険適用外の自由診療であるため、治療費が高額になる傾向にあります。1本あたり30〜50万円程度が相場と言われていますが、治療内容や地域によってさらに費用が上乗せされることもあります。また、定期的なメンテナンス費用も必要になるため、長期的な費用対効果を考えて治療を選択する必要があります。
インプラント治療のやり方
インプラント治療は、大きく分けて「術前の検査と診断」「一次手術」「二次手術」「上部構造の作製・装着」の4つの段階で進められます。ここでは、それぞれの段階でどのようなことが行われるのか、詳しく解説していきます。
術前の検査と診断
インプラント治療を始める前に、まず術前の検査と診断が行われます。この段階では、口腔内の状態や顎の骨の状態を詳しく調べ、インプラント治療に適しているかどうかを判断します。
具体的には、レントゲン撮影や歯科用CTによる画像診断、口腔内の視診や触診などが行われます。特に歯科用CTは、顎の骨の厚みや密度、神経の位置などを立体的に把握できるため、インプラント治療の成功に欠かせない検査と言えるでしょう。
検査の結果、顎の骨が十分にない場合は、骨造成(骨を増やす治療)が必要になることがあります。また、全身疾患や喫煙習慣がある場合は、インプラント治療の適応にならないこともあります。術前の検査と診断で、これらのリスクを事前に把握し、適切な治療計画を立てることが重要です。
一次手術
術前の検査と診断で、インプラント治療に適していると判断されたら、いよいよ一次手術を行います。一次手術では、麻酔をかけた上で、歯茎を切開し、顎の骨にインプラント体を埋め込みます。
まず、歯茎を切開し、顎の骨を露出させます。次に、ドリルを使って顎の骨に穴を開け、インプラント体を埋入していきます。このとき、インプラント体は完全に骨に埋まるように調整されます。
インプラント体の埋入が終わったら、歯茎を縫合し、手術は終了です。手術後は、痛みや腫れが出ることがありますが、数日で落ち着いていきます。一次手術から二次手術までの間は、インプラント体と骨が結合するための治癒期間となります。
二次手術
一次手術から3〜6ヶ月後、インプラント体と骨が結合したことを確認したら、二次手術を行います。二次手術では、再び歯茎を切開し、インプラント体を露出させます。インプラント体が露出したら、その上にアバットメントを装着します。アバットメントを装着したら、歯茎を縫合し、二次手術は終了です。二次手術の後は、歯茎の治癒を待ちます。歯茎が安定するまでには、2〜3週間程度かかることが一般的です。
上部構造の作製・装着
歯茎が安定したら、いよいよ上部構造を作製して装着します。まず、アバットメントの上で印象採得を行い、口腔内の状態を詳しく記録します。この印象を元に、歯科技工士が上部構造を作製していきます。上部構造は、天然歯と見分けがつかないように、色や形を調整します。また、噛み合わせや違和感がないように、何度も細かな調整を行います。
上部構造が完成したら、アバットメントに装着します。装着方法は、セメント固定とスクリュー固定の2種類があります。セメント固定は、上部構造をセメントで接着する方法で、スクリュー固定は、上部構造とアバットメントをネジで固定する方法です。
インプラントのメンテナンスのやり方
インプラント治療が終了しても、定期的なメンテナンスを行わないと、せっかくの治療効果が損なわれてしまうことがあります。ここでは、自宅でのセルフケアと歯科医院でのメンテナンスについて、詳しく解説していきます。
自分でやるメンテナンス
インプラントのセルフケアは、基本的には天然歯と同じです。歯ブラシでの歯磨きを中心に、デンタルフロスやデンタルリンスを使って、プラークや食べかすを取り除いていきます。ただし、インプラントには特有の注意点もあるので、しっかりと理解しておきましょう。
・歯磨き
インプラントの歯磨きは、柔らかめの歯ブラシを使うのがおすすめです。硬めの歯ブラシを使うと、インプラントの表面を傷つけてしまう可能性があります。また、歯ブラシの毛先を45度に傾けて、インプラントと歯茎の境目を丁寧に磨くことが大切です。
歯磨き粉は、研磨剤の入っていないものを選びましょう。研磨剤が入っている歯磨き粉は、インプラントの表面を傷つける可能性があります。フッ化物が配合された歯磨き粉がおすすめです。
・デンタルフロス
インプラントの隣接面は、歯ブラシだけでは磨き残しが出やすい部分です。デンタルフロスを使って、インプラントと歯茎の境目や、インプラントと隣の歯の間を丁寧に清掃しましょう。
通常のデンタルフロスでは使いにくい場合は、硬めのフロスを使うのがおすすめです。また、ブリッジタイプのインプラントの場合は、ブリッジ用のフロスを使って、ブリッジの下を清掃することが大切です。
・デンタルリンス
デンタルリンスは、歯磨きでは落としきれないプラークや細菌を除去するのに役立ちます。特に、インプラント周囲炎の予防には、殺菌作用のあるデンタルリンスがおすすめです。 ただし、アルコールの入ったデンタルリンスは、口腔内の粘膜を乾燥させる可能性があるので、避けた方が無難です。
病院でのメンテナンス
インプラントのセルフケアを行っていても、定期的に歯科医院でのメンテナンスを受ける必要があります。歯科医院では、専門的な器具を使って、インプラントの状態を詳しくチェックし、セルフケアでは落としきれない汚れを取り除きます。
・検査
インプラントの定期検査では、インプラント周囲の歯肉の状態や、インプラントの動揺度、噛み合わせの状態などを詳しくチェックします。レントゲン撮影を行い、インプラント周囲の骨の状態も確認します。検査の結果、インプラント周囲炎などの異常が見つかった場合は、早期に治療を開始することが大切です。定期検査を受けることで、インプラントのトラブルを未然に防ぐことができます。
・クリーニング
インプラントのクリーニングでは、歯科衛生士が専門的な器具を使って、インプラントや歯肉の汚れを取り除きます。超音波スケーラーや歯面清掃用の器具を使って、インプラントの表面に付着したプラークや歯石を除去します。セメント固定のインプラントの場合は、上部構造を外して、インプラント体やアバットメントの汚れも取り除きます。
・セルフケアの指導
インプラントのセルフケアは、正しい方法で行わないと、十分な効果が得られません。歯科医院でのメンテナンス時には、歯科衛生士から適切なセルフケアの方法について指導を受けましょう。歯ブラシの選び方や磨き方、デンタルフロスの使い方など、自分に合ったセルフケアの方法を見つけることが大切です。また、定期的にセルフケアの方法をチェックしてもらい、改善点があれば修正していくことが重要です。
編集部まとめ
今回は、インプラント治療のやり方やメンテナンスの方法などを解説しました。インプラント治療には、顎の骨に人工歯根を埋め込み、土台となるアバットメントを装着するという外科処置を伴うため、通常の治療とは異なるプロセスを踏むことになります。基本的には2回の手術が必要となるので、その点は事前に正しく理解しておくことが重要です。また、定期的なメンテナンスはインプラントを長持ちさせる上で必須となります。とくにインプラント周囲炎は、インプラントがダメになる主な原因ともいえる病気であることから、セルフケアとプロフェッショナルケアで予防を徹底することが大切といえます。
参考文献