歯並びの悪さと歯の欠損の両方を治療したいという場合、どちらから治療を始めるべきか迷うことでしょう。
歯並びの悪さは歯科矯正で、失った歯はインプラント治療で補います。治療目的の異なる2つの歯科治療ですが、併用して治療するケースがあります。
併用する場合でも基本的には両方同時に治療を開始することはありません。歯科矯正とインプラントを併用する場合は、歯科矯正から治療を始めることが多いです。
矯正終了後の仕上がりに関係するため、歯科矯正とインプラント治療の両方を受ける場合には治療を開始する順番が非常に重要です。
今回は歯科矯正とインプラントの治療を始める順番とそれぞれの治療の特徴について紹介します。
歯科矯正とインプラントはどちらが先?
歯科矯正とインプラントを併用して治療する場合は、歯科矯正から先に行うことが多いです。
なぜならインプラントの上部構造は歯科矯正で動かすことができないからです。そのため、先にインプラントを行うと歯全体の歯並びを綺麗に整えることが難しくなります。
ここでは歯科矯正とインプラントを併用する際のポイントを解説します。
歯科矯正を先に行うことが多い
歯科矯正とインプラントを併用して治療する場合、基本的には歯科矯正を先に行います。
先に歯科矯正を行い歯並びを整えることで、埋め込むインプラントの本数を減らせる可能性があります。
インプラントは顎の骨に埋め込む手術が必要ですし、一本が高額です。本数が少ないほうが患者さんの身体的・経済的負担が少なくなります。
また、先に歯並びを矯正することで噛み合わせや口腔環境の改善が期待できます。これらはインプラント治療に影響を及ぼす重要な要素です。
噛み合わせの悪さは噛む力の均等な分散を妨げます。噛む力が異常に強くかかる部位にインプラントが存在すると、インプラントに悪影響を及ぼす可能性があります。
先に噛み合わせを改善することで、インプラント治療後にトラブルが起こる可能性を減らせるでしょう。
インプラント治療はむし歯や歯周病などにより口腔環境に問題が起きていると治療ができません。
また、歯科矯正を行う際には、むし歯や歯周病の治療を優先的に行います。
歯科矯正とインプラントの治療の流れを考慮すると、歯科矯正によって口腔環境を整えてからインプラント治療を行う方が効率が良くなるでしょう。
以上の理由から、先に歯科矯正を行ってからインプラントを行うケースが多いです。
一つの歯科医院で歯科矯正とインプラントが受けられるのであれば、歯科医師が適切な治療プランを組んでくれるでしょう。
しかし、歯科矯正とインプラントを別々の歯科医院で受けなければいけないケースもあります。
そのような場合には、まずは歯科矯正を行っている歯科医院を受診し、その後インプラントを行っている歯科医院を受診するようにしましょう。
インプラントの歯は歯科矯正で動かせない
インプラントの前に歯科矯正を行うもう一つの理由として、インプラントの歯は歯科矯正では動かせないという点が挙げられます。
自然の歯は顎の骨との間に歯根膜があり、歯根膜の伸縮を利用して骨の吸収・再生を促しながら歯を移動させていきます。
しかしインプラントでは、チタンなどの金属でできた人工歯根を顎の骨に直接埋め込むため、自然の歯のように移動させることができません。
そのため、先にインプラントを埋め込んでしまうと、歯全体の位置を整えるのが難しくなります。
歯科矯正を先に施し歯全体の歯並びを整えてからインプラントを行ったほうが、より自然な歯並びに整えられるでしょう。
歯科矯正の特徴
歯科矯正は悪い歯並びを整え、噛み合わせなどの口腔機能を向上させることを目的として施される歯科治療です。
歯科矯正の大きな特徴は、歯並びの悪さを根本から改善できることです。
ただし、歯並びを整えるために歯の表面に矯正器具を取り付ける必要があります。
歯並びを改善するために行う
歯科矯正の大きな特徴は「歯並びを根本から改善できる」という点です。
表面的な見た目だけを変えるのではなく、歯の位置を根本から動かすことで歯並びを整えていきます。
そのため、見た目だけでなく噛み合わせのような口腔機能も改善できるというメリットがあります。
ブラケット装置やマウスピース型装置で行う
歯科矯正では歯に「ブラケット装置」や「マウスピース型矯正装置」などを取り付けて歯の位置を徐々に移動させていき、歯並びを改善していきます。
ブラケット装置による矯正方法は、歯の表面にブラケットという装置を取り付け、ブラケットにワイヤーを通して行います。
ワイヤーのしなりや戻る力を利用して、歯を動かしたい方向に移動させて、歯並びを整えていきます。
ブラケット装置を用いた矯正方法には長い歴史があり、矯正治療の方法として成熟していることが大きなメリットです。一本一本の歯それぞれに対して力を加える方向や角度を細かく調整することで、幅広い症例に高い矯正効果を発揮できます。
また、一本一本の歯それぞれに対して力を加える方向や角度を細かく調整できるため、幅広い症例に高い矯正効果を発揮できるでしょう。
ただし、矯正期間中は歯の表面に矯正器具がついたまま生活するため、見た目が悪いというデメリットがあります。
一方でマウスピース型装置は透明なマウスピースを歯に装着して歯並びを整える矯正方法です。
歯に装着していても目立ちにくく、見た目を気にする必要はありません。ブラケット装置のように矯正期間中の見た目の悪さが気になるという方に人気の高い矯正方法です。
また、着け外しが可能なため、マウスピースを外して食事ができます。矯正期間中も普段通りの食事が楽しめるでしょう。
ただし、ブラケット装置に比べて、利用できる症例には今のところ制限があります。
歯科矯正ではこれらの矯正器具を使って歯の位置を根本から変えていき、歯並びと口腔機能を改善します。
インプラントの特徴
インプラントは人工的に作られた歯を口腔内に取り付けることで、失った歯を補えるのが特徴です。
事故などの外傷・むし歯・歯周病などの原因で失われた歯の代わりに、人口の歯を埋め込みます。
インプラントは見た目が自然であり、自然の歯のように食べ物を噛めるという特徴があります。
失った歯を補うために行う
インプラントは失った歯を補うために施される歯科医療です。
歯が一本でも抜けたままの状態で放置していると、他の健康な歯が徐々に移動してしまい正しい噛み合わせが保てなくなります。
噛み合わせの悪化は、食べ物を嚙みきる効率を悪化させることが分かっています。また、失われた歯を補わずに自分の歯が減ってしまうと、認知症を発症しやすくなる場合があります。
また、噛み合わせが悪く顎に十分な力が入らなかったり、咀嚼回数が減ったりすることで認知症を発症しやすくなるとされています。
歯を失ったことで歯並びが悪化しないように、インプラントで歯を補い歯並びを正常に保つことが大切です。
顎の骨に人工歯根を埋め込む
インプラントは失った歯の代わりに上部構造を取り付けます。
上部構造を取り付けるために、その土台となる人工歯根(インプラント体)を顎の骨に直接埋め込む手術を行います。
人工歯根の材料はチタンやチタン合金です。チタンはとても丈夫な上に生体親和性が高く人体に馴染みやすいため、顎の骨と結合します。
チタンは顎の骨としっかり馴染んでくれるため、天然の歯と同じように食べ物を噛めるでしょう。
土台となる人工歯根の上にアバットメント(支台部)を取り付け、その上に上部構造を取り付けます。
外科的手術が必要
インプラントを行う際には顎の骨に人工歯根を埋め込むための外科的手術が必要です。
インプラントの手術方法は大きく分けて2種類あります。手術を1回だけ行う1回法と、手術を2回行う2回法です。
1回法での手術の場合、まず歯茎を切開して顎の骨を露出させ、顎の骨にドリルで穴を開けて人工歯根を埋め込みます。
人工歯根を埋め込んだらアバットメントを取り付け歯茎を戻して縫合します。
このときアバットメントは歯茎の外に出ている状態です。この状態のまま人工歯根と顎の骨が結合するまで数ヶ月時間を置きます。
人工歯根と顎の骨が結合して安定したら上部構造をアバットメントに取り付けて接続完了です。
1回法は手術が一回で済むので患者さんの身体的負担が少ないというメリットがあります。しかし、顎の骨が薄い場合には適応とならないことがあります。
2回法では上部構造を取り付けるまでに2回手術が必要です。
手術方法は1回法とほぼ同じですが、人工歯根を取り付けた後、人工歯根が歯茎で完全に覆われた状態で縫合します。
そのまま数ヶ月置いて人工歯根と顎の骨が結合したら、再度歯茎を切開してアバットメントを取り付け歯茎を縫合し、歯茎が治るまで数週間待ちます。
歯茎が治ったら上部構造を接続して完了です。
2回法では手術が2回必要になりますが、顎の骨が薄かったり骨量が少なかったりする場合でも手術が可能な手法です。
インプラントが入っていても歯科矯正できる?
先にインプラントが埋め込まれていたからといって歯科矯正が不可能なわけではありません。
難易度は高まりますが、インプラント位置を考慮した歯全体のバランスを整える歯科矯正が可能です。
また、インプラントを他の歯を動かすための固定具として歯科矯正治療を行う方法もあります。
歯科矯正とインプラントの治療期間はどのくらい?
歯科矯正とインプラントを併用して治療する場合には、最初に歯科矯正を行ってからインプラントを行うという手順が多く、3~4年程度の年数がかかるでしょう。
それぞれの治療期間がかかるので、全ての治療が完了するまでには長い期間が必要です。
歯科矯正とインプラントそれぞれの治療期間について説明します。
ワイヤー矯正の治療期間
ブラケット装置を用いたワイヤー矯正は歯に強い力をかけられるため、矯正期間は1〜3年程度とされています。
矯正する歯の本数や歯の状態によって治療期間に差がありますが、歯科矯正の中でも治療期間が短い矯正方法です。
マウスピース型矯正の治療期間
マウスピース型矯正もワイヤー矯正と同程度の治療期間がかかります。ただし、これは正しく矯正器具を装着できていた場合です。
マウスピース型矯正では、矯正器具のマウスピースを1日に20時間以上装着しなければ期待される矯正効果が得られません。
食後にマウスピースを着け忘れるなどで20時間以上の装着ができていない場合には、さらに治療期間が伸びる可能性があります。
インプラントの治療期間
インプラントの治療期間は症例によって差があり、3ヶ月から1年程度かかります。
症例によっては先に歯周病を治療しなければいけないケースや、顎の骨を補う手術が必要になるケースがあります。
また、人工歯根と顎の骨が結合する時間にも個人差があるため、同じインプラント治療でも治療期間に差が生じるでしょう。
歯科矯正とインプラント両方行う場合の注意点
歯科矯正とインプラントを両方行う場合にまず注意しておきたいのが、治療を受ける順番です。
インプラントは歯科矯正で動かすことができないため、先に歯科矯正を受けて歯並びを整えてからインプラント治療を受けたほうが良いです。
治療を受ける順番以外にも歯科矯正とインプラントを併用する際の注意点があるので、以下で説明します。
治療費が高額になるためあらかじめ確認しておく
歯科矯正とインプラントを両方行う際に事前に確認すべきことが治療費です。
歯科矯正・インプラント治療ともに歯科治療の中では高額な部類に入ります。なぜなら両方とも基本的に自由診療だからです。
自由診療は公的保険の適用外のため、全額患者さん側の自己負担となります。
矯正方法やインプラントの本数によっては数十万円以上の高額な費用がかかるため、どのくらいの費用がかかるのか事前に確認しておきましょう。
歯科医院によって費用は異なりますが、全顎マウスピース型矯正をした場合は50〜100万円(税込)・全顎ワイヤー矯正をした場合は60〜120万円(税込)ほどだそうです。
また、インプラント治療は1本あたり20〜40万円(税込)ほどだそうです。参考にしてみてくださいね。
治療期間について確認しておく
歯科矯正とインプラントの両方を行う場合、それぞれの治療期間がかかるため、全体的な治療期間が長くなります。
治療期間中は定期的に歯科医院に通う必要があります。
万が一治療期間中に引っ越す予定などがある場合には、引っ越し先で治療を引き継いでくれる歯科医院を探さなくてはいけません。
最後までしっかりと治療できるように、予測される治療期間を事前に確認しておきましょう。
例えば、ワイヤー矯正の矯正期間は1〜3年程度かかります。
歯科矯正後さらにインプラント治療の治療期間である3ヶ月から1年程度が加わるので、トータルで3~4年程度はかかる可能性があります。
長期に及ぶ治療期間でもしっかりと歯科医院に通えるのか検討し、治療を受ける判断をしましょう。
歯科矯正とインプラントを同じ歯科医院で受けられるか確認しておく
歯科矯正とインプラントの埋め込みが同じ歯科医院で受けられると治療がスムーズに進みます。
歯科矯正とインプラントの両方を治療できる歯科医院であれば、最初からインプラントの埋め込みを想定した治療プランを立ててくれるからです。
また、歯科矯正とインプラントで別々の歯科医院に通わなければいけない場合、それぞれ予約を取って通院する必要があるため手間が増えます。
治療を始める前に歯科矯正とインプラントの両方を受けられるのか確認しましょう。
もしどちらかしか受けられないという場合には、提携している歯科医院があるか確認してください。
歯科矯正とインプラントを同時に行う場合には、両方の治療計画を同時に立てるのが望ましいからです。
提携している歯科医院があれば紹介してもらい、両方の診察を受けた上で歯科矯正とインプラントの併用を考慮した治療計画を組んでもらいましょう。
まとめ
口腔内の状態によっては歯科矯正とインプラントを併用して治療するケースがあります。
併用して治療する場合、先に治療を始めるのは歯科矯正からです。
インプラントは歯科矯正では動かすことができないため、先に歯並びを整えてからインプラントを埋め込みます。
歯科矯正とインプラントを併用して治療するのならば、両方の治療に熟知している歯科医院を選ぶようにしましょう。
先に歯科矯正を行うにしても、後に埋め込むインプラントを考慮した治療計画を立てる必要があるからです。
歯科矯正とインプラントを併用した場合、治療期間が長く費用も高額になります。
そのため、治療方法と費用についてしっかりと確認し、納得して治療を受けることが非常に重要です。
参考文献
- 広汎型重度慢性歯周炎患者に矯正治療とインプラント治療を含む包括的治療を行った一症例
- インプラント手術の基本:手術部位感染を防ぎ手際のよい手術のために
- グローバル化する歯科矯正治療:4.ブラケットの進化エッジワイズ法の進歩
- 舌側からの矯正装置の開発
- 歯科インプラント治療指針
- マウスピース型矯正装置「トランスクリア」と拡大矯正装置で患者さんに寄り沿った医療NBM(Narrative-based Medicine)の矯正を
- 抜歯直後インプラント(HAコーティング・1回法)における炭酸ガスレーザーの応用
- 矯正歯科治療における口腔インプラントの応用
- インプラント治療の潮流(V):治療期間の短縮,患者負担の軽減
- 歯科矯正治療が歯周疾患に及ぼす影響
- 保険診療でインプラント治療を行なった口腔がんの症例
- インプラント治療に対する意識調査
- インプラント治療の料金設定に関する検討
- インプラント治療期間短縮における超音波刺激療法の有用性
- インプラント材料とその表面:その4.これからのインプラント