インプラントは、従来法のブリッジや入れ歯にはない多くのメリットが得られる治療法です。そのため失った歯の治療法としてインプラントを選択する人は年々、増加する傾向にありますが、痛みに関して不安を感じていて、なかなか一歩踏み出せないケースも少なくないようです。ここではそんなインプラントにともなう痛みについて、そもそもどのくらい痛いのか、痛みを感じるタイミングや痛みを少なくする方法などを詳しく解説します。
インプラントについて
はじめに、インプラント治療にともなう痛みと腫れに関する基本事項を確認しておきましょう。
インプラント治療で生じる痛み
インプラントは、失った歯を歯根から回復する治療法です。それは顎の骨にチタン製の人工歯根を埋め込むことで可能となりますが、外科手術が必須となります。歯茎をメスで切開し、ネジのような形をした人工歯根を専用のドライバーで埋め込む必要があるため、 少なからず痛みはともないます。
手術中の痛みは局所麻酔で限りなくゼロに近付けることが可能です。後段でも説明するインプラント手術後や抜歯時の痛みは、ある程度、強くなります。これは外科手術が必要となる治療では避けられない痛みになります。
◎インプラント治療の痛みの程度について
インプラント治療にともなう痛みは、外科処置が必要となる親知らずの抜歯と同程度と考えるとわかりやすいです。顎のなかに埋まっている親知らずは、歯茎をメスで切開して骨を削り、歯根をドリルで分割するなどの処置が必要となります。そうした外科処置は、時にインプラント治療よりも強い痛みをともないます。一般的なむし歯治療にともなう痛みと比較すると、当然ですがインプラント治療の方がやや強くなります。
インプラント治療で生じる腫れ
インプラント治療では、痛みだけではなく腫れる症状も現れます。歯茎をメスで切り開き、顎の骨にドリルで穴を開けるため、顎には相応のダメージが加わります。その結果、炎症反応が起こり顎が腫れる場合があります。インプラント治療で顎が腫れる程度も親知らずの抜歯に近いです。人によっては、手術後もほとんど腫れが見られない場合もあることから、患者さんの体質や全身状態に大きく左右される症状です。
インプラントの治療で痛みを感じるタイミング
インプラント治療では、手術中・手術後・抜歯時の3つのタイミングで痛みを感じることがあります。
手術中
インプラント治療では、歯茎をメスで切開し、人工歯根をドライバーで埋め込む手術中が最も痛そうと思い込んでいる方が多いですが、実際はそうではありません。なぜならインプラント手術の前には、必ず局所麻酔を施すからです。
インプラントの手術中は、 局所麻酔の作用によって施術部位の感覚が麻痺するため、患者さんが痛いと感じることはまずありません。ドリルやドライバーを回転する時の振動や薬剤の臭いで不快な思いをする場合はありますが、直接的に痛みを感じることはないです。もちろん、麻酔の量が足りなかったり、手術中に麻酔の効果が切れたりした場合は痛みが生じますが、基本的にはそうなる前に歯科医師が適切な処置を施してくれます。
手術後
インプラント治療で最も強い痛みが生じやすいのは、手術後です。特に人工歯根を顎の骨に埋入する1次手術では、歯茎を広範囲に切り開くだけでなく、顎の骨にも穴をあけるため、外傷を負った状態と同じになります。それは上段で取り上げた親知らずの抜歯と同じです。 手術後に適切なタイミングで鎮痛剤を服用すれば痛みは抑えることができます。ちなみに、インプラント手術後の痛みや腫れは、2〜3日をピークに落ち着いていきます。
抜糸時
インプラント手術から7〜10日くらい経過したら、縫合糸を抜き取る処置を行います。専門的には抜糸と呼ばれる処置です。縫合糸はとても細く表面が滑らかなので、抜き取る時に激痛が走るようなことはありませんが、チクチクとした軽い疼痛は生じます。どのくらいの疼痛になるかは、患者さんの痛みへの感受性と抜糸する歯科医師の技術によって大きく変わります。とはいえ、麻酔注射を打たなければならないような痛みは生じないため、過剰に心配する必要もありません。
インプラント周囲炎
インプラントでは、治療そのものとは直接的な関係がない痛みも生じる場合があります。それは「インプラント周囲炎」と呼ばれる病気です。
インプラント周囲炎とは
インプラント周囲炎とは、インプラント特有の歯周疾患です。インプラントの周りの歯茎や顎の骨に炎症反応が起こり、腫れや骨の吸収などの症状が現れます。インプラントを支えている歯周組織が破壊されることから、人工歯根の脱落を招く主な原因 ともなっている病気です。
インプラント周囲炎の原因
インプラント周囲炎の根本的な原因は、歯周病菌への感染です。インプラントの周りに歯垢や歯石がたまり、それを温床として歯周病菌が繁殖すると、歯周組織に炎症反応をもたらします。インプラントは、歯茎との境目の部分が天然歯とは異なる形態をしていることから、汚れがたまりやすくなっている 点に注意が必要です。
◎インプラント周囲炎の誘因について
インプラント周囲炎は、次に挙げる習慣や習癖などで誘発されることがあります。
・喫煙習慣がある
タバコの煙には、歯周組織の血流を悪くし、歯茎や顎の骨への酸素・栄養素・免疫細胞の供給を滞らせる作用があります。それによって歯周病リスクが増加します。
・口呼吸をしている
口呼吸をしていると、口内乾燥が促されて唾液による自浄作用・殺菌作用・抗菌作用が低下します。結果、歯周病菌の繁殖や活動を抑える作用も低くなることから、 口呼吸はインプラント周囲炎のリスクが高まります。
・歯ぎしりや食いしばりの習慣がある
歯ぎしりや食いしばりは、歯茎や顎の骨に大きな負担をかけて、炎症反応をもたらします。咬合性外傷(こうごうせいがいしょう)で歯茎が腫れ、顎の骨が吸収するのも同じメカニズムです。結果、歯周組織の状態が悪くなると、インプラント周囲炎にもかかりやすくなります。
・メンテナンスを受けていない
インプラントは、歯科医院での定期的なメンテナンスが欠かせません。定期的なメンテナンスを怠ると、人工歯の破損やアバットメントの緩みなどに気付くのが遅れてしまいます。正しいセルフケアが行えているかどうかもチェックできないため、自覚した頃にはインプラント周囲炎が重症化している場合も珍しくありません。
インプラント周囲炎の対処法
インプラント周囲炎を発症したら、必ず歯科医院での治療を受けなければなりません。 インプラント周囲の汚れを取り除き、歯周病菌の数を減らすことが何より重要です。正しいセルフケア方法を身に付け、清潔な口内環境を維持できるようになれば、インプラント周囲炎の症状も徐々に改善されていきます。
ただし、インプラント周囲炎によって破壊された歯茎や歯槽骨はもとに戻ることがないため、重症化したケースでは人工歯根を撤去して再度埋めなおしたり、ブリッジや入れ歯などの従来法に切り替えたりする処置が必要となります。
インプラント手術の際に用いられる麻酔の種類
インプラント手術では、治療にともなう痛みや不安感、恐怖心などを取り除くために、次のような麻酔が使用されます。
局所麻酔
局所麻酔は、一般歯科の治療でも用いられる代表的な歯科麻酔です。施術する部位の感覚を麻痺させる目的で、歯茎に直接、麻酔注射を打ちます。 局所麻酔によって得られる効果は、痛みを感じにくくさせることです。治療にともなう痛みをゼロにしたり、手術への不安感や恐怖心を取り除いたりはできません。
静脈内鎮静法
静脈内鎮静法は、インプラントを始めとした外科手術で用いられることが多い麻酔の種類です。腕の静脈に鎮静剤を投与する方法 で、半分眠ったような状態になるため、手術に対する不安感や恐怖心を軽減できます。意識がはっきりする頃には手術が終わっているため、不快な思いはほとんどありません。全身麻酔のような循環が抑制される施術ではないため、手術の前後で入院する必要はなく、気軽に受けられます。
痛みの少ないインプラント治療
インプラント手術にともなう痛みは、フラップレスインプラントを選択することで軽減できます。
フラップレスインプラントとは
フラップとは、歯茎をメスで開くことを意味し、歯周外科治療には「フラップ手術」があります。これは歯茎を切開し、歯根面を露出させて歯石を除去します。インプラント手術でも通常は、歯茎を切開して人工歯根を埋めるための視野を確保しますが、フラップレスインプラントはその必要がありません。なぜなら「サージカルガイド」という補助的な装置を使用するからです。
◎サージカルガイドとは?
サージカルガイドは、 人工歯根を埋め込む位置・角度・深さを記録したマウスピース型の装置で、インプラント専用のシミュレーションソフトを活用し製作します。手術当日はサージカルガイドを口腔内に装着すれば、人工歯根の埋入位置が明確になります。これを専門的にはガイデッドサージェリーと呼び、従来のフラップによる手術が不要となります。フラップレスインプラントでは、歯茎を大きく切らないため、手術中および手術後の痛みや腫れを抑えることにつながります。
フラップレスインプラントのメリット・デメリット
フラップレスインプラントには、次のようなメリットとデメリットをともないます。
【メリット】
- 手術にともなう痛みや腫れを抑えられる
- 患者さんの心身にかかる負担が少なくなる
- 術後に歯茎が下がる現象が起こりにくい
- 傷口の治りが早く、通院回数も減らせる
フラップレスインプラントでは、歯茎をほとんど切らずに人工歯根を埋入できるため、手術に対する恐怖心や不安感が軽減されるだけでなく、 患者さんの身体への負担も大きく減らせます。歯茎をほとんど切らないため、傷口の治りも早くなります。
【デメリット】
- すべてのケースに適応できるわけではない
- 歯科医師に高度な技術が求められる
- 専用の設備が整っていなければ実施できない
- 手術の途中でフラップ手術に変更しなければならないことがある
フラップレスインプラントは万能な施術法ではない ため、適応できないケースも多々あります。また、フラップレスインプラント専用の設備が整っていることが前提となり、正しい方法で手術を行える歯科医師が執刀しなければ、適切な結果は得られません。そうした万全な体制で手術に臨んでも、患者さんの口腔の状態によっては、途中で通常のフラップ手術に切り替えなければならないこともあります。
インプラント治療後の痛みを抑えるためのポイント
最後に、インプラント手術が終わった後の痛み・腫れを抑える方法について紹介します。
飲酒を控える
飲酒は全身の血流を良くするため、傷口からの出血を促します。場合によっては傷口が開いてしまうこともあることから、インプラント手術後はしばらく飲酒を控えるようにしましょう。
喫煙を控える
タバコの煙は、歯周組織に悪影響をもたらし、傷の治りを遅らせます。埋入した人工歯根の定着を妨げることもあるため、手術直後はもちろん、それ以降も禁煙するのが望ましいです。
固い食べ物を避ける
硬い食べ物は、傷口に不要な刺激を与えます。手術後しばらくはあまり噛まずに飲み込めるものを選びましょう。
歯ブラシを患部に当てない
インプラント手術後は、口腔衛生状態を良好に保つことが重要ですが、患部に歯ブラシを直接当てて、 ゴシゴシと磨くことは避けてください。傷の状態が落ち着くまでは、患部を避けて、その他の部位の歯磨きに専念しましょう。
温泉やサウナを控える
温泉やサウナも飲酒と同様、全身の血流を良くします。 傷口が開いたり、出血が促されたりするため、インプラント手術後はしばらくは控えるようにしてください。傷口が塞がって痛みや腫れも引いてきたら、温泉やサウナに入っても問題はありません。
編集部まとめ
このように、インプラントでは手術中・手術後・抜糸時に痛みを感じることがあります。手術中は局所麻酔が効いているため、痛みを感じることはほとんどありませんが、手術後は麻酔の効果も切れてくることから、親知らずの抜歯をした時のような痛みが出てきます。抜糸時にともなう痛みは、チクチクする程度の疼痛で、それほど心配する必要はないでしょう。
麻酔が切れた後の痛みも上段で解説した「インプラント治療後の痛みを抑えるためのポイント」を実践すると痛みは抑えることができます。インプラント治療への恐怖心や不安感が強い人には、半分眠ったような状態で手術を受けられる静脈内鎮静法がおすすめです。その他にもインプラントにともなう痛みで疑問に思うことがある場合は、カウンセリングで質問するとよいでしょう。
参考文献