何らかの理由で失った歯は、放置していると見た目が悪い、歯並び・噛み合わせが乱れる、食べ物が噛みにくい、顎の骨が痩せるなど、驚くほど多くのデメリットが生じます。そのため失った歯は補綴装置(ほてつそうち)と呼ばれるもので補う必要があります。現在、補綴装置にはインプラント・ブリッジ・入れ歯という3つの選択肢があり、失った歯の治療を控えている人は、どの選択が最善なのか迷うことが多いと思います。ここではそんなインプラント・ブリッジ・入れ歯の違いを比較した上で、それぞれおすすめできる人の特徴を詳しく解説します。
インプラントとは
まずは、人気が高まっているインプラントの基本事項とメリット・デメリットから確認していきましょう。
インプラントの基本事項
インプラントは、失った歯を歯根から回復できる唯一の補綴装置です。欠損部の骨にチタン製の人工歯根を埋め込んで、連結装置であるアバットメントと人工歯を装着します。その構造は天然歯に近いことから、審美性・機能性・耐久性に優れた補綴治療が可能となります。近年、インプラント治療の人気が高まっているのは、そうした特徴が広く知られるようになったからです。
インプラントのメリット・デメリット
インプラント治療には、次に挙げるメリットとデメリットを伴います。
【インプラントのメリット】
◎見た目が天然歯にそっくり
インプラントの見た目は、天然歯そのものといっても過言ではありません。事実、インプラントで補った欠損部と残った歯を見比べても違いがわからないという人が大半を占めます。もちろん、患者さんの歯茎や顎の骨、残った歯の状態によってはインプラントが目立ってしまうこともありますが、基本的には自然な仕上がりが期待できます。
◎食べ物を噛みやすい
インプラントは、噛み心地においても天然歯に限りなく近いといえます。それは顎の骨に根差した人工歯根があるからです。硬い食べ物や弾力性の高い食べ物もしっかり噛めるため、食事の際に不自由やストレスを感じる場面が少ないです。
◎顎の筋肉や骨が衰えにくい
天然歯のようにしっかり噛めるということは、顎の筋肉や骨が鍛えられて、衰えにくくなることを意味します。健康的な口元を維持できることは大きなメリットとなることでしょう。
◎装置が長持ちする
インプラントの平均的な寿命は、10〜15年程度といわれています。治療後のケアやメンテナンスを徹底すれば、20年以上使い続けることも難しくありません。そのため初期費用が高額になったとしても、長い目で見ればコストパフォーマンスにも優れた治療法といえます。インプラントを始めとした補綴治療には、必ず何らかのリスクやデメリットを伴うことから、再治療の可能性を減らせることもインプラントの大きなメリットのひとつといえるでしょう。
◎残った歯に負担がかからない
インプラント治療では、残った歯を削ったり、噛んだ時の力を残存歯に受け止めさせたりすることはありません。なぜならインプラントはその他の歯から独立した装置だからです。治療期間中には、歯茎や顎の骨に傷ができますが、治療後はきちんと治るので心配ありません。
【インプラントのデメリット】
◎外科手術を行う必要がある
インプラント治療では、顎の骨にチタン製の人工歯根を埋める外科手術が必須となっています。歯茎をメスで切り開き、骨にドリルで穴を開ける処置に抵抗がある人にとっては、この点が大きなデメリットとして感じられることでしょう。
◎治療にかかる期間が比較的長い
インプラント治療は、検査・診断、治療計画の立案、人工歯根の埋入手術までは数週間で終わりますが、チタン製のネジと顎の骨が結合するのに3~6ヵ月程度を要するため、全体の治療期間も数ヵ月に及びます。顎の骨が不足しているケースでは、骨造成などの手術も必要となることから、治療に1年程度かかる可能性も否定できません。
◎手術中・手術後に感染のリスクを伴う
人工歯根を顎に埋め込む外科手術の最中はもちろんのこと、手術による傷が癒えるまでにも感染のリスクが生じます。それは外科処置を伴う治療において避けては通れないデメリットといえるでしょう。
◎治療後も定期的にメンテナンスを受ける必要がある
インプラント治療後には、定期的なメンテナンスの受診が推奨されています。それはインプラント保証を受ける条件になっていることに加え、装置の故障やインプラント周囲炎といった歯周組織のトラブルを未然に防ぐことにもつながるからです。
◎保険が適用されない
インプラントおよびインプラントのメンテナンスには、原則として保険が適用されません。そのため費用が比較的高くなります。インプラント治療でも保険適用となるケースがありますが、細かい条件が課されており、極めて限定的といえます。
ブリッジとは
次に、ブリッジという治療法の基本事項とメリット・デメリットを解説します。
ブリッジの基本事項
ブリッジは、人工歯が複数連結した装置を被せる治療法です。歯を失った部分には、ポンティックと呼ばれる人工歯が配置され、その両隣には一般的な被せ物と同じタイプの人工歯が連なっています。そのためブリッジを装着するためには、残った歯を少なくとも2つ、支えとして使用する必要があります。具体的には、残った歯を大きく削った上でブリッジを被せることになります。ブリッジは固定式の装置で安定性が高く、残った歯を同じようにケアできます。
ブリッジのメリット・デメリット
ブリッジによる治療には、次に挙げるメリットとデメリットを伴います。
【メリット】
◎保険が適用される
ブリッジには、保険が適用されるため、比較的安い費用で治療が受けられます。
◎治療期間が短い
ブリッジによる治療は、1〜2ヵ月程度で完了します。比較的短い期間で、失った歯を回復できます。
◎安定性が高い
ブリッジは固定式の装置なので、食事や会話の際にズレたり、外れたりすることはありません。
◎見た目が自然
ブリッジは、複数の人工歯が連結している装置で、それ以外のパーツは付随していないことから、見た目が自然です。
【デメリット】
◎健康な歯を大きく削らなければならない
ブリッジの最大のデメリットは、健康な歯を大きく削らなければならない点です。歯を削る量は、一般的な被せ物治療と同程度です。当然ですが削った歯質は元に戻りません。
◎噛んだ時の力は残った歯が受けとめる
ブリッジは、失った歯をきれいに回復できる装置ですが、それは審美面に限られます。欠損部に配置される人工歯(ポンティック)は、歯茎の上に載っているだけなので、噛んだ時の力は支台歯で受けとめなければならないからです。そのため治療後も支台歯には大きな負担がかかり続けます。
◎顎の骨が痩せていく
上述したように、ブリッジでは欠損部に噛んだ時の力がかからないことから、顎の骨の退化現象は抑えられません。一般的に、年月の経過とともに、欠損部の骨は吸収されていきます。
入れ歯とは
続いては、入れ歯による治療の基本事項とメリット・デメリットを解説します。
入れ歯の基本事項
入れ歯は、失った歯を着脱式の装置で補う治療法です。部分入れ歯と総入れ歯の2種類に大きく分けられます。部分入れ歯は、人工歯・義歯床(ぎししょう)・クラスプの3つから構成され、設計のバリエーションは豊富です。総入れ歯は、人工歯と義歯床のみで構成さる装置で、すべての歯を失った症例に適応されます。
入れ歯のメリット・デメリット
入れ歯による治療には、次に挙げるメリットとデメリットを伴います。
【メリット】
◎治療期間が短い
入れ歯の治療期間は、3〜4週間程度です。長い場合でも1〜3ヵ月程度で治療が完了します。
◎保険が適用される
入れ歯による治療は、保険診療で受けられるので、費用を抑えることができます。
◎健康な歯を削る必要がない
入れ歯は、口腔粘膜への吸着や残った歯にクラスプを引っ掛けるといった方法で固定します。そのため健康な歯を削ったり、外科手術で人工歯根を埋め込んだりする必要はありません。ただし、患者さんの口内環境によっては、クラスプやレストといったパーツが接する部分を少し削らなければならないこともあります。
◎壊れた時の修理がしやすい
プラスチックで作られた保険の入れ歯は、壊れた時の修理や不具合の調整などがしやすいです。自費診療の入れ歯は、金属やシリコーン、セラミックなどを使用することから、壊れた時の修理が困難となる場合が多いです。
【デメリット】
◎装置が目立ちやすい
入れ歯は装置が大きく、金属製のクラスプなどが付随しているため、見た目があまり良くありません。自費診療で審美性に優れた入れ歯を作ることも可能ですが、その他の補綴装置と比較すると、やはり目立ちやすいといえます。
◎壊れやすい
入れ歯は、壊れやすく、寿命も比較的短いです。
◎使い心地があまり良くない
入れ歯は着脱式の装置なので、食事や会話の時にズレたり、外れたりします。装置による違和感・異物感も比較的大きいです。
◎顎の骨が痩せていく
入れ歯では、噛んだ時の力を残った歯や粘膜で受けとめるため、欠損部の顎の骨は徐々に痩せていきます。
インプラント・ブリッジ・入れ歯の比較
ここからは、インプラント・ブリッジ・入れ歯を6つの観点から比較していきます。
施術方法
インプラントには外科手術が必須となっていますが、ブリッジと入れ歯は通常の歯科治療のみで対応できます。ただし、ブリッジに関しては、支台歯となる歯を大きく削らなければなりません。
審美面
審美面は、人工歯根があるインプラントが優れています。残った歯や粘膜を支えとするブリッジ・入れ歯は、どうしても見た目に違和感が生じてしまいます。とくに入れ歯は、審美面において不満を抱える人が多いです。
機能面
食べ物を噛むという咀嚼機能は、人工歯根があるインプラントが圧倒的に優れています。補綴装置で回復できる咀嚼機能は、インプラントが天然歯の80%程度、ブリッジが60%程度、入れ歯が40%程度といわれています。
費用面
ブリッジと入れ歯は、3割負担の保険適用で5000〜20000円程度の費用がかかります。インプラントは自費診療で1本あたり300000〜500000円程度の費用がかかることから、経済面においては従来法の方が優れているといえます。
治療期間
インプラント治療は3〜12ヵ月程度、ブリッジは1〜2ヵ月程度、入れ歯は3〜4週間程度で治療が終わります。やはり、外科手術を伴うインプラント治療が突出して期間が長くなります。
生存率
補綴装置の生存率(=寿命)は、インプラントが最も高いです。インプラントには、10年生存率という統計データがあり、10年経過しても問題なく使い続けているケースが90%を超えています。一方、保険診療のブリッジは7~8年、入れ歯は4~5年しか持たないといわれているため、生存率という観点ではインプラントが優れています。
それぞれの治療方法をおすすめできる人
最後に、インプラント・ブリッジ・入れ歯がそれぞれどのような人におすすめなのかを解説します。
インプラントがおすすめの人
インプラントは、失った歯を歯根から回復できる装置で、審美性・機能性・耐久性に優れています。欠損部を天然歯に近い形で補いたいという人には、インプラントが第一に推奨されます。治療後のケアやメンテナンスを適切に行うことで、15年、20年と使い続けることも難しくはありません。
ブリッジがおすすめの人
インプラント治療に伴う外科手術は避けたいけれど、入れ歯のような着脱式の装置は嫌だ。そういう人にはブリッジがおすすめです。ブリッジは固定式の装置で、見た目も比較的自然です。使っていく中でズレたり、外れたりすることもなく、ケアもしやすいです。
入れ歯がおすすめの人
インプラント治療に伴う外科手術はもちろんのこと、残った歯を大きく削るような処置も避けたい。そういう人には、入れ歯がおすすめです。入れ歯は、現状の口内環境に適応される形で装着する着脱式の装置です。インプラントやブリッジのように、歯や歯茎、顎の骨に不可逆的な処置を施すことはありません。装置が目立ちやすい、ズレたり外れたりする、ケアに手間がかかるなどのデメリットを伴うものの、補綴の中では最も気軽に作れる装置といえます。
編集部まとめ
今回は、失った歯を補うための補綴装置、インプラント・ブリッジ・入れ歯の違いやそれぞれのメリット・デメリットを解説しました。インプラントは、原則として自費診療となりますが、審美性・機能性・耐久性に優れた装置で、年々、人気が高まっています。ブリッジもインプラントと同様、固定式の装置ではあるものの、人工歯根がないため噛み心地や耐久面に弱点を抱えています。入れ歯は着脱装置で欠点の多さが目立ちますが、気軽に作れるという利点もあります。このように、補綴装置にはそれぞれ異なる特徴とメリット・デメリットを伴うため、どれかひとつが絶対的に優れているとはいえません。それだけに自分に合った装置を歯科医師と相談しながら決めていくことが大切です。
参考文献