歯を失ったとき、歯科医院では補綴(ほてつ)装置を使って、口腔内の機能・見た目を回復させる治療を行います。
補綴装置には患者さんの口内の状態に合わせて、複数の選択肢があります。インプラント・ブリッジ・クラウン・部分入れ歯・総入れ歯などです。
今回はインプラントとブリッジのどちらを選ぶか迷っている患者さんのために、それぞれの特徴・選び方を解説します。
歯科治療は日々進化している分野です。正しい知識で治療法を選択して、満足できる口内環境を手に入れましょう。
インプラントの特徴
そもそもインプラントとは体内に埋め込む医療機器や材料などの総称です。
歯科では歯を失った顎の骨に、歯根の代わりにインプラントを埋め込み、その上に人工歯を取り付けます。人工歯根・口腔インプラント・歯科インプラントとも呼ばれます。
自由診療で、外科手術を受ける必要がありますが、得られるメリットも存在する治療法です。
歯を補うにあたって機能改善・残存率にこだわりたい患者さんは、以下でインプラントの特徴を確認してください。
インプラント体を顎の骨に埋入して上部構造を取り付ける
インプラントの治療方法を確認しましょう。
インプラントの治療では、まずインプラント体と呼ばれる土台を顎の骨に埋入する手術を行います。インプラント体の素材は身体に馴染みやすいチタンが主に使われます。
インプラント体の上には、土台と人工歯をつなぐアバットメントという部品を連結します。最後に装着する人工歯は上部構造と呼ばれます。
インプラントはインプラント体・アバットメント・上部構造の3つのパーツで、顎の骨にインプラント体を埋入することで失われた歯の機能を補うことが可能です。
天然歯のように食べ物をしっかり噛める
インプラントを入れると、自分の歯のようにしっかり食べ物を噛めるメリットが得られます。
インプラント治療では土台からしっかり固定されるため、天然歯に近い機能を回復できます。
自分の歯に近い機能を取り戻して、自由に食事を楽しみたい患者さんにはうれしいポイントでしょう。
よく噛めるようになることがもたらすのは、食事の喜びだけではありません。食べ物をよく噛むことで、以下のような健康効果が期待できます。
- むし歯の予防
- 脳の老化防止
- 運動機能の向上
- 消化の手助けなど
しっかりと噛んで食べられるようになることで、健康と生活の質(QOL)向上にもつながります。
残っている歯にダメージを与えにくい
ブリッジや部分入れ歯は、残っている健康な歯に負担をかけることがあります。ブリッジや部分入れ歯は、残っている歯を支えとして人工歯を取り付けるためです。
ブリッジは歯が欠損した部位の両隣にある歯を削り、連なった人工歯を取り付けます。部分入れ歯は、装置を取り付けるためにフックを両隣の歯にかけるため、残っている歯に負担がかかります。
しかしインプラントは独立しているため、残った健康な歯に負担がかかることはありません。
ブリッジの特徴
ブリッジは失った歯の両隣の歯を土台にして、人工の歯を橋のように架ける治療法です。
ブリッジを選ぶメリットは、手術が不要な点や治療内容によっては保険適用となるため、低コストで治療を受けられる点です。
また残っている健康な歯を土台として固定するため安定感があり、噛む時の感触が自分の歯と近くなります。
ブリッジの素材には多くの種類があります。具体的には金・銀・パラジウム合金などの金属やレジン(歯科用プラスチック)などです。
なかでもコンポジットレジンは2018年度から保険適用が開始された素材です。金属アレルギーでも使用でき、白く審美性に優れているにも関わらず、保険で安価に利用できます。
素材によって強度やコストが異なるため、患者さんの口内環境・なくした歯の場所・患者さんの予算などを配慮して素材は選択されます。
両隣の歯を削って被せ物を取り付ける
ブリッジの具体的な治療方法を確認しましょう。
ブリッジの治療では人工歯の土台にするため、なくした歯の両端の歯を削り、そこにブリッジを乗せ接着剤(セメント)で固定します。
ブリッジの治療には丁寧な型取りが欠かせません。治療前・歯を削った後の2回型取りし、石膏などで模型を作ります。
この模型はブリッジの緻密な設計のために使用されます。
型取り・模型作成のほか、口内にブリッジをはめてみて問題がないかチェックする試用など、細かいステップを踏んで進行するのがブリッジの治療の特徴です。
ブリッジは健康な歯を削るデメリットが問題視されています。
しかし2008年度に保険適用になった接着ブリッジ治療では、なるべく歯を削らずブリッジを架けることもできるようになっています。
取り外しはできない
ブリッジは入れ歯とは違い取り外しはできません。取り外す必要がないことで、毎日のメンテナンスが楽になるメリットが得られます。
入れ歯の場合は取り外した装置を毎日歯ブラシで水洗いしなければなりません。
患者さんがより高い洗浄効果を求めるならば、洗った入れ歯を毎晩入れ歯洗浄液につけることもあるでしょう。
しかしブリッジであれば、毎日の手入れは歯ブラシ・フロス・歯間ブラシを用いた丁寧な歯磨きで十分です。ただし歯科医院で定期的なクリーニングも必要です。
毎日のメンテナンスの簡単さを優先させたい患者さんには、入れ歯よりもブリッジがマッチするでしょう。
一方で装置が外せないことで、噛み合わせの変更が困難になるデメリットもあります。
インプラントとブリッジの違いを比較
ここからはインプラントとブリッジの違いを、以下のポイントに分けて解説します。
- 外科手術が必要かどうか
- 治療期間
- 保険適用
- 費用
- 耐久性
- 審美性
以上の要素は治療前に歯科医師から患者さんに説明されます。
その背景には、インフォームドコンセントを重視する歯科治療指針の確立があります。
特にインプラント治療では、術後の仕上がりと患者さんの希望のミスマッチから、トラブルに発展するケースが複数報告された過去がありました。
これを受けてインプラント治療では、術前の丁寧な説明・患者さんの理解確認・同意書の作成が慎重に行われるようになりました。
患者さん自身も納得の治療を受けられるように、正しい知識を身につけて治療に望みましょう。
外科手術が必要かどうか
インプラントでは、外科手術が必須です。インプラント治療で行う手術には、大きく分けて1回法と2回法の2種類があります。
1回法ではその名のとおり、1回で手術が完了します。1回の手術で土台となるインプラント体を立て、土台と人工歯を連結する部品(アバットメント)まで連結します。
ただし多くのインプラント治療で選択されるのは、基本的に2回法です。2回法では1回目の手術でインプラント体を立てた後、3〜5ヵ月の治癒期間を設けます。その後2回目の手術でアバットメントを連結します。骨の量が少ない場合は骨造成手術を行います。
人工歯を取り付けるのは、2回目の手術の傷が治る1〜2週間後です。2回法ではかなり時間を要することを理解しておきましょう。
治療期間
治療期間はインプラントの方がブリッジより長くなります。
インプラントの治療期間は通常3~6ヵ月程度が一般的です。
ただし治療期間はインプラントの本数・土台の埋め込み箇所などによって異なります。
一方ブリッジの治療期間は2週間から3ヵ月程度が一般的です。
短期間で歯の機能を回復したい患者さんには、ブリッジがマッチしているでしょう。
保険適用
インプラントの保険適用が受けられる例は多くありません。保険適用でインプラント治療を受けられるのは以下のケースです。
- 外傷・腫瘍などの病気で顎骨を失った
- 上記のケースで骨移植を行って再建した
- 先天的に歯・顎骨を欠損している
むし歯・歯周病などの疾患や老化で歯を失った場合に行うインプラント治療は、保険適用外です。
ブリッジが保険適用となるかは、治療内容によって異なります。前歯の保険治療においてはプラスチックまたは銀合金が使われます。
強度・審美性にこだわり、セラミックを選択した場合の治療は保険適用外です。
費用
インプラントとブリッジを自由診療で行う場合の費用相場を紹介します。いずれも自由診療では高額になることを理解しておきましょう。
インプラントの料金設定は歯科医院ごとに異なります。費用相場はインプラント1本で、200,000〜600,000円(税込)程度です。
またブリッジの費用相場は素材がセラミックまたはジルコニアセラミックの場合、270,000〜400,000円(税込)程度です。
また接着ブリッジを選択すると、270,000〜300,000円(税込)程度かかります。
耐久性
耐久性の観点では、ブリッジよりインプラントの方が優秀です。今回はそれぞれの耐久性を、ある期間内で補綴装置が残っている割合、残存率で示します。
まずは、インプラントの残存率を確認しましょう。ブローネマルクシステムで表面処理していないインプラント体を使用した場合の、10年間の残存率は以下のとおりです。
- 上顎は91%前後
- 下顎は96%前後
- 無歯顎の上顎80%前後
- 下顎は97%前後
対してブリッジの10年間の残存率は72%前後です。
また接着ブリッジでの10年間の残存率は69%前後となっています。
審美性
審美性の比較は難しいですが、同じ素材を人工歯に使うならば、インプラントの方が自然歯に近い美しさが叶えられます。
なぜならインプラントは土台を立てその上に人工歯を取り付けるため、構造的に自然歯に近くなり見た目にも違和感が少ないためです。
しかしブリッジでもセラミック・レジン(歯科用プラスチック)などの、見た目が自然歯に近い素材を選べば審美性を追求できます。
インプラントかブリッジか迷ったときの選び方は?
インプラントかブリッジか迷ったときは、どのようなポイントに注目して選ぶべきでしょうか。
補綴治療では失った歯の機能の回復を目指すことが大前提ですが、患者さんの満足感も重要です。以下のポイントに注目してみましょう。
- ケアのしやすさ
- 食事の楽しみやすさ
- 治療時の身体への負担
インプラントとブリッジの機能的な特徴・QOLへの影響のバランスを考え、ご自身にマッチした治療を選択してください。判断に悩んだら、信頼できる歯科医師と相談して選びましょう。
ケアのしやすさで選ぶ
インプラントとブリッジでは、毎日のケアに大きな違いはありません。しかしケアが不足した際のむし歯リスクに違いがあります。
毎日のケアはインプラントでもブリッジでも、入念な歯磨きで可能です。
歯ブラシに加え、歯間ブラシ・デンタルフロス・タフトブラシ・洗口剤なども使って丁寧に汚れを取り除きましょう。
ただし患者さんのケアのみで、装置を衛生に保ち続けることは困難です。3ヵ月〜半年に一度は歯科医院でクリーニングを受けましょう。
インプラント・ブリッジのどちらを選んでもケア方法は同じですが、むし歯のリスクが異なります。
インプラントは素材が人工物になるためむし歯になることはありません。しかしブリッジは構造上汚れが溜まりやすいため、むし歯リスクが高まります。
食事の楽しみやすさで選ぶ
インプラントを選ぶと、ブリッジでは噛めないような硬い食品も、自分の歯で楽しめるようになります。
インプラントは顎骨を支えに土台を立てていることで、強度に優れているためです。
しかし噛みごたえの感度でいえば、ブリッジの方が優れているでしょう。
インプラントには天然歯のような歯根膜がないため、顎の骨がその役割を補います。
対してブリッジでは装置の土台となる歯で失われた歯の感覚を補うため、本来の噛みごたえに近くなる強みがあります。
治療時の身体への負担を考慮して選ぶ
インプラント、ブリッジはどちらも侵襲を伴う治療です。侵襲とは患者さんの身体に対する負担のことです。
歯科医療では2016年に国際歯科連盟が提唱した、侵襲をわずかにするMI(Minimal Intervention)治療の考え方が浸透しつつあります。
患者さんのQOLを考えるうえでも、侵襲性の大きさは重要なポイントです。
インプラントでは外科手術での侵襲がありますが、インプラント体・術式の進歩により低侵襲での治療が受けられるようになってきています。
一方でブリッジは土台にする歯を大きく削るため、大きな侵襲がある治療です。
しかし1973年に発表された接着性ブリッジでは、土台とする歯の切削を抑えつつブリッジを架けることも可能です。
ご自身の口内環境ではどの治療法が適用できるのか、歯科医師に相談してみましょう。
インプラントが向いている人は?
今回の記事で解説した内容から、インプラントが向いているのは以下のような人です。
- しっかり噛んで食事を楽しみたい
- 健康な歯を残したい
- 長持ちする装置を選びたい
- 天然歯に近い美しさを追求したい
- むし歯リスクを抑えたい
コストの大きさがネックですが、自然歯に近い機能・審美性が得られるメリットが魅力です。
ブリッジが向いている人は?
今回の記事で解説した内容から、ブリッジが向いているのは以下のような人です。
- 自然な噛みごこちを残したい
- 短期間で治療を終わらせたい
- 外科手術は避けたい
- コストを抑えたい
残っている歯の侵襲が大きい点がネックですが、低コスト・短期間での治療が可能です。
まとめ
歯を失った際、インプラント・ブリッジなどの補綴治療が選択肢に挙がります。
インプラントでは外科手術で顎骨を土台に立てて、人工歯を取り付けます。保険適用はほとんどされないため、治療費は高額になるのが一般的です。
しかし自然歯に近い構造・見た目・頑丈さが魅力で、食事の楽しみを追求したい人・表情をよく見せたい人におすすめできます。
一方ブリッジは残った健康な歯を土台に、橋のように装置を架ける治療法です。
土台にする歯を削るため侵襲が大きい治療法ですが、接着性ブリッジなど侵襲を抑えた治療法も浸透しつつあります。
また素材によっては保険適用もされるため、コストを抑えやすいメリットもあります。
インプラントかブリッジかで迷った際は、治療方法と患者さんの口内環境・ライフスタイルとのバランスを考えてみましょう。
参考文献