インプラント治療には、さまざまなリスクを伴います。そのなかでも、神経損傷のリスクを気にする方は少なくありません。
神経損傷は「取り返しがつかない」とか「一生麻痺が残る」などのイメージが強いことから、インプラント治療にも不安を感じてしまいます。
この記事では、インプラント治療で起こる神経損傷の原因や症状、治療の流れについて詳しく解説します。インプラント治療に伴う神経損傷が怖い、神経損傷が疑われる症状が見られる方は参考にしてみてください。
インプラント治療で神経損傷が起きる原因
インプラント治療で神経損傷が起こる原因を解説します。
骨を削るドリルの操作ミス
インプラント治療では、チタン製の人工歯根(インプラント体)を顎の骨に埋め込む手術を行います。その手順は次のとおりです。
- 局所麻酔を打つ
- 歯茎をメスで切開する
- 顎の骨にドリルで穴を開ける
- インプラント体を埋め込む
- 歯茎を縫合する
神経損傷がもっとも起こりやすいのは、顎の骨にドリルで穴を開ける工程です。
直径3〜5mm、長さ6〜18mm程度のインプラント体を顎に埋め込むための穴を電動のドリルで開けます。ドリルの操作ミスで、想定外の深さや位置へ穴が形成されると、神経が損傷を受ける場合があるのです。インプラント治療では、主に下歯槽神経(かしそうしんけい)が損傷を受けて、さまざまな症状を引き起こします。
◎下歯槽神経とは?
下歯槽神経とは、下顎骨のなかを走行している感覚神経で、下顎管(かがくかん)という管のなかを通っています。
下顎管は歯科用CTによる撮影で、正確な位置を把握できるため、インプラント手術に伴う神経損傷を避けることは難しくないのですが、ドリルの操作ミスで傷つけてしまう可能性があります。一方、上顎骨には歯に近接する神経が存在していないため、インプラント手術で神経損傷を起こす可能性は低いです。
インプラントによる神経圧迫
顎の骨にドリルで穴を開けた後は、人工歯根であるインプラント体を埋入します。このときに、インプラント体が神経を圧迫することで機能障害を引き起こしてしまいます。
インプラント体を埋め込む位置と、神経の位置が近接しているケースで起こりやすいです。神経はとても繊細な組織なので、物理的な圧迫を受けると、痛みやしびれ、感覚の鈍化などが引き起こされます。
神経への悪影響は、診査や診断の誤りで起こることもありますし、インプラント体の埋入操作のミスが原因にもなります。インプラントによる神経圧迫は、神経損傷とは質が異なるものの、患者さんに不快な症状が生じることに変わりはありません。
術後の腫れや炎症による二次的な障害
顎の骨にドリルで穴を開ける処置とインプラント体を埋入する処置の両方を適切に行えたとしても、術後の腫れや炎症反応が神経に二次的な障害を与える場合があります。
術後の腫れや炎症反応は、ほとんどのケースで一時的な症状にとどまることから、神経に生じた二次的な障害も長くは続きません。インプラント手術に伴う神経トラブルとしては軽いものに分類されます。
神経損傷が起きたときに出る主な症状
神経損傷が起きたとき、日常生活でどのような症状が出るのか不安に感じている方も少なくありません。インプラント手術で神経損傷が起きた場合の代表的な症状を解説します。
患部周辺がしびれたり感覚が鈍くなったりする
インプラント手術で神経損傷が起こると、周囲にしびれや感覚の鈍化が生じます。 インプラント手術では、歯茎をメスで大きく切り開いたり、顎の骨にドリルで穴を開けたりするなど、侵襲性の高い処置を行うことから、患部にさまざまな症状が現れるものの、しびれや感覚の鈍化には注意しなければなりません。
インプラント手術をした当日は、局所麻酔による影響で患部のしびれや感覚が鈍くなる症状がしばらく続きますので、その点は正しく理解しておく必要があります。
ズキズキとした痛みが続く
神経が損傷や圧迫を受けると、ズキズキとした痛みが生じます。この痛みは、持続するのが特徴です。
しかし、インプラント手術からしばらくは、患部に同様の痛みが生じやすいことから、ズキズキとした痛みが続くからといって、神経が損傷を受けたと断定するのは間違いです。
触れても感覚がない、動かしづらい
インプラント手術で下歯槽神経が損傷を受けると、下口唇や口角部、前歯部口腔粘膜あたりに触れても感覚がない症状が現れます。感覚の麻痺に伴って動かしづらいと感じることもあるでしょう。インプラント手術における神経の麻痺は、インプラント体を埋め込んだ側だけで起こります。
例えば、左下の奥歯にインプラント体を埋め込んだ場合は、左側の下口唇や口角部、前歯部口腔粘膜に感覚麻痺などが生じるのです。片側だけのインプラント手術であるにも関わらず、両側の組織に神経麻痺が生じたり、患部とは逆側に運動障害や疼痛などが現れたりした場合は、別の原因が考えられます。
病院を受診すべき症状とタイミング
インプラント手術後に神経損傷が疑われる場合、どのタイミングで病院を受診すべきかを解説します。インプラント手術後は、顎の痛みやストレス、不安感によって正確な判断が難しいですが、以下に挙げる症状を目安として、病院の受診を検討してみてください。
術後急に強いしびれや痛みが出たとき
インプラント手術後に、痛みや腫れなどが現れ、2〜3日をピークに緩やかな経過をたどるのは一般的ですが、術後急速に強いしびれや痛みが出たときは注意が必要です。
通常のインプラント手術後にはあまり見られない症状なので、神経損傷も視野に入れて検査をするのが望ましいです。強いしびれは、神経に何らかのダメージがおよんでいる可能性が高いでしょう。
24時間以上しびれが続く、または悪化するとき
インプラント手術後は、外科処置の侵襲や局所麻酔の影響によって軽度のしびれが生じることは珍しくありませんが、24時間以上持続したり、症状が悪化したりする場合は、神経損傷などのトラブルが疑われます。
インプラント手術前に説明を受けた症状とは明らかに異なるしびれが生じたら、主治医に電話で確認してみましょう。必要に応じて歯科医院を受診し、精密な検査を受ける必要があります。
口唇や舌を噛んでも感覚がないとき
口唇や舌はとても敏感な器官で、1mmにも満たない異物が付着するだけでも違和感が生じるものです。そのため、口唇や舌を噛んでも感覚がないときは、神経損傷が起こっているかもしれません。
インプラント手術後しばらくは、局所麻酔の効果によって口唇や舌を噛んでもあまり痛みを感じませんが、麻酔が切れた後も患部周囲の組織に感覚の麻痺がある場合は、神経に何らかの異常が生じているため、主治医に相談するのが望ましいです。 麻酔の効果が弱く作用範囲も狭い浸潤麻酔は、治療から2〜3時間程度で神経の働きが戻ってきます。麻酔の効果が強く、作用範囲も広い伝達麻酔を施した場合は、手術から4~6時間は神経の働きが戻っていきませんので、その点も踏まえたうえで対処する必要があります。
神経損傷の診断から治療までの流れ
インプラント手術後に急なしびれや痛み、感覚の麻痺などが現れ、神経損傷の疑いが生じたら、歯科医院で診察を受けることになります。ここでは神経損傷の検査から診断、治療までの流れを解説します。
問診や触診で症状を確認する
インプラント手術後の神経損傷の診断で、大切なのが問診です。インプラント手術後の経過を知っているのは患者さんのみであり、神経損傷に伴うしびれや痛み、感覚の麻痺の診察は、主観的な情報に頼る部分が大きいからです。
患者さんは、手術後の経過をできるだけ細かく正確に伝えることが大切です。手術後いつからしびれや痛みが出始めたのか、どんなときに症状が強くなり、どの部位に症状が集中しているのかなどを問診票に記載して、歯科医師にも口頭で丁寧に説明してください。
インプラント手術後の神経損傷が疑われるケースでは触診が行われます。触診とは、歯科医師が患者さんの身体に直接触れて、病気の有無や病状を調べる方法です。
インプラント手術後の神経損傷の場合は、口唇や舌、顎などを触って痛み、しびれ、感覚の麻痺などを調べます。患者さんから得られる主観的な情報に依存した検査方法です。
CTなどの画像検査で損傷部位を特定する
問診や触診の結果、神経損傷の可能性が高いとなれば、レントゲンや歯科用CTといった画像検査で客観的な情報を集めます。インプラント体を埋め込む位置が深すぎて下顎管が損傷を受けている場合は、CT画像で損傷部位を特定することが可能です。
インプラント手術によって神経が直接的な損傷を受けていなくても、神経圧迫などを受けているかどうかは、画像検査である程度まで推測できます。画像診断の結果をもとに、インプラント手術によって生じたしびれや痛み、感覚の麻痺に対処していくことになります。
薬や理学療法、外科処置による治療
検査診断の結果、神経損傷が認められた場合は、次の方法で治療を行います。どの治療法が選ばれるかは症状や状態の程度によって変わります。
◎薬物療法
症状が軽い神経損傷に対しては、鎮痛剤による痛みの軽減、ビタミンB12製剤やATP製剤による神経修復などの薬物療法が適応されます。局所麻酔薬を用いた神経ブロックで、症状の改善を試みる場合もあります。
◎理学療法
神経損傷に対して行われる理学療法として、熱刺激、冷刺激、電気刺激などを用いた疼痛緩和・組織の修復をはかる方法が挙げられます。損傷した神経の機能を回復させる機能訓練や運動療法も治療法の選択肢に含まれます。
◎外科療法
重症度の高い神経損傷では、断裂した神経を縫合する方法や別の部位から神経を移植する方法などが選択肢としてあります。インプラント体の埋入処置に誤りがあり、神経が損傷、あるいは圧迫されているようなケースでは、インプラント体を撤去しなければなりません。
撤去した後は、サイズの小さいインプラント体に交換したり、正確な位置に埋め直したりする方法も可能ですが、ケースによってはブリッジや入れ歯などの治療法に切り替えなければならないこともあります。
神経損傷の回復にかかる期間の目安
インプラント手術後の神経損傷は、どのくらいの期間で回復するのか解説します。神経損傷の回復にかかる期間の目安は、重症度によって変わります。
軽度損傷の場合
軽度の神経損傷は、手術から2〜3週間程度で回復するのが一般的です。こうしたケースは、積極的な治療を行わなくても患部のしびれや痛みが徐々に回復していきます。必要に応じて薬物療法を行います。
中等度損傷の場合
中等度の神経損傷は、手術から1〜2ヶ月はしびれなどの症状が残ります。薬物療法や理学療法で対応できるケースがほとんどですが、外科療法が必要な場合もあります。
重度損傷の場合
重度の神経損傷では、神経の縫合や移植、インプラント体の撤去が必要となりやすいです。こうした外科処置と薬物療法、理学療法などを組み合わせて治療を進めていくなかで、しびれや痛みなどが改善されていきますが、感覚の麻痺は戻らないこともあります。重度の神経損傷では、本来の機能が回復するまでに数ヶ月から数年程度かかるのが一般的です。
外科手術で神経が損傷すると、さまざまな症状に悩まされるだけでなく、心身への負担が大きい外科療法が別途、必要となることもあります。頑張って治療を受けて、数ヶ月経過を見ても、正常に状態まで回復できないケースも珍しくないことから、インプラント手術に伴う神経損傷は可能な限り予防したいものです。
事前の検査や診断を精密に行えるだけでなく、インプラント手術の知識や経験が豊富で、安全性を重視した術式で行える歯科医師を選ぶ必要があります。
まとめ
今回は、インプラント治療で起こる神経損傷の原因や症状、治療の流れを解説しました。インプラント治療では、顎の骨に人工歯根を埋め込む際に神経を傷つけたり、圧迫したりすることで、口唇や舌の周囲にしびれ・痛み・感覚麻痺などが生じることがあります。
神経損傷の治療法には、薬物療法、理学療法、外科療法などの選択肢があり、重症度によって適した方法を組み合わせるのが一般的です。ただし、中等度から重度の神経損傷では、適切な治療を行ったとしても、正常な機能が回復できないこともありますので、その点は注意が必要です。
参考文献