義歯は、失った歯を回復させるための装置で、広い意味では入れ歯・ブリッジ・インプラントなどが含まれます。
ここでは比較的適応範囲が広い入れ歯の取り扱い方法や使用目的、注意すべき点などを詳しく解説します。部分床義歯や全部床義歯といった入れ歯を使っている人は参考にしてみてください。
義歯の取り扱いに注意する目的とは
はじめに、義歯を正しく取り扱うことの目的について解説します。
むし歯や歯周病の予防
義歯を正しく取り扱うことで、むし歯や歯周病を予防しやすくなります。義歯を清潔に保ち、口腔内のケアもしっかり行えば、むし歯菌や歯周病菌の繁殖を抑えられるからです。義歯の中でも入れ歯に関しては、ブリッジやインプラントよりも汚れがたまりやすくなっていることから、衛生管理を徹底する必要があります。
粘膜の感染症予防
義歯は、口腔粘膜の感染症リスクを高めることがあります。例えば義歯が不衛生になっていれば、細菌や真菌が繁殖して、口腔粘膜に種々の感染症を引き起こしやすくなります。また、義歯の不具合を放置したり、誤った方法で着脱したりしていると、口腔粘膜を傷つけてしまいます。その結果、細菌感染症などを発症してしまうのです。
誤嚥性肺炎の予防
誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)は、不潔な義歯が原因で発症する場合もあります。義歯に大量の汚れや細菌が付着していて、それを唾液などと一緒に誤嚥すると、気管で感染が起こります。そうすることで発症する病気を誤嚥性肺炎と呼んでいます。誤嚥性肺炎は、飲み込む力が衰えた高齢者で危険性が高まっているといえます。義歯と口腔内を清潔に保っていれば、例え誤嚥したとしても肺炎を発症することはまずありません。
口臭の予防
義歯の表面の細菌が繁殖すると、口臭の原因となる悪臭が放たれます。とくに歯周病菌が繁殖した時に発生する揮発性のガス「メチルメルカプタン」には要注意です。腐った玉ねぎのような臭いがするため、周囲の人を不快にさせてしまいます。ですから、義歯は毎日正しい方法でケアして、不潔にならないよう注意する必要があります。
義歯の取り扱いについて
次に、義歯の取り扱い方法についての解説です。義歯の着脱・使用・洗浄・管理といった基本的な内容となりますが、意外に正しく取り扱えていない人も多いです。
義歯の着脱
◎全部床義歯(総入れ歯)
義歯の着脱は、入れ歯の種類によって少しずつ異なります。まず、総入れ歯の着脱方法についてですが、下の顎から外すと良いでしょう。総入れ歯の前歯の部分を持ち、奥歯の方を上げるようにして浮かします。あとは、口腔から取り出しやすい角度にして、引き抜きます。上の顎も前歯をつまみ、後ろを浮かすような形にしてから引き抜きます。
続いて、総入れ歯の入れ方についてです。総入れ歯の装着は、上の顎から行うと良いです。前歯の部分をつまんで回転させ、口腔の天井である口蓋(こうがい)に押し付けるような形で固定します。口腔内が唾液で湿っていれば、自然と吸着することでしょう。
◎部分床義歯(部分入れ歯)
部分入れ歯は、留め具であるクラスプの部分が起点となります。歯に引っ掛かっているクラスプを外すことで、撤去が可能となります。部分入れ歯を装着する時も、クラスプから固定すると良いでしょう。
義歯の使用
義歯は、取り外し式の装置です。義歯の種類によって着脱の方法は変わるため、主治医の指示通りに取り扱う必要があります。また、義歯は毎日使用することが基本となります。その日の気分によって使用をやめたりするようなことは良くありません。
義歯の洗浄
義歯は、食事の度に毎回取り外した状態で洗浄しましょう。水道水を流しながら義歯ブラシで優しく洗ってください。後段でも説明しますが、義歯洗浄剤を使ったケアも併せて行うことが大切です。義歯ブラシによるブラッシングだけを行っていると、目には見えない汚れが徐々にたまっていきます。そこには細菌や真菌などが数多く生息していることを知っておきましょう。
義歯の管理
義歯の管理は、患者さん自身で行う必要があります。義歯を紛失したり、損傷したりしないよう配慮してください。義歯に何らかの異常が生じたら、すぐ主治医に相談することが大切です。
歯・粘膜の清掃
義歯を洗浄する際には、歯や粘膜も清掃してください。義歯だけ洗っても、口腔内が不潔であったら意味がありません。残っている歯は、歯ブラシやデンタルフロス、歯間ブラシなどで磨いて、口腔粘膜はスポンジなどで優しくケアしてください。舌の表面の汚れは、舌ブラシを使って清掃すると良いでしょう。
義歯の取り扱いで注意したいポイント
義歯を取り扱う上では、以下の8つのポイントに注意しましょう。
入れ歯安定剤の多用
入れ歯安定剤とは、文字通り適合性の悪い入れ歯を安定させるための材料です。ドラッグストアや薬局などで販売されており、誰でも気軽に購入できます。入れ歯安定剤を使うと、それまでズレたり、外れたりしていた入れ歯が安定することから、ついつい多用してしまいがちです。
安定剤を使うことで、入れ歯が使いやすくなるのなら多用しても良いのでは?と思われるかもしれませんが、それは基本的に良くないことといえます。なぜなら入れ歯安定剤は、あくまで応急的に使用するものだからです。本来、入れ歯というのは、安定剤なしで使えるものでなければならないため、それが不可欠な状態というのは、何らかの異常が生じている証拠でもあります。
具体的には、入れ歯が変形していたり、口腔内の状態が変化したりしている可能性が考えられます。そうした理由で入れ歯の適合性が悪くなっている場合は、装置の修理や再治療で対応すべきなのです。それでも無理に入れ歯安定剤を使い続けると、残った歯や歯茎、顎の骨に悪影響が及びかねません。
熱湯消毒はNG
保険診療の入れ歯は、床(しょう)の部分がプラスチックで作られています。プラスチックは熱湯によって変形や変性が起こるリスクがあるため、ケアする際は常温の水を使いましょう。義歯を熱湯消毒するのは厳禁です。ぬるま湯程度であれば、義歯に悪影響は及びません。自費診療で作った金属床義歯やノンクラスプデンチャーなども熱湯消毒はせず、正しい方法でケアすることが大切です。
義歯洗浄剤の使用推奨
入れ歯のケアは、義歯ブラシを用いた物理的な清掃だけでは不十分です。義歯洗浄剤も使用することが推奨されます。義歯洗浄剤とは、ポリデントなどに代表される入れ歯洗浄剤のことです。
薬剤を溶かした水の中に義歯を入れるだけで化学的な洗浄が行えます。特別な理由がない限りは、義歯洗浄剤を1日1回使用しましょう。夜眠る前に浸けておくと、義歯の乾燥も防ぐことができます。
朝起きた時には、義歯を水道水で軽く洗浄してから装着してください。ケースによっては、眠っている間も義歯を装着するよう指示が出るかもしれませんが、そうした場合でも1日1回は義歯洗浄剤を使うようにしてください。
歯磨き粉の使用はNG
意外に思われるかもしれませんが、義歯に対して歯磨き粉を使うのはNGです。部分入れ歯や総入れ歯には、プラスチックの部分が多いことから、研磨剤が含まれている歯磨き粉を使うと、表面が粗くなってしまうのです。ひどいケースでは、ブラッシングによる摩耗で、義歯の適合が悪くなります。
そうした義歯の劣化を防ぐためにも、歯磨き粉は使わずに、義歯ブラシで優しくブラッシングするようにしてください。ちなみに、義歯に対してフッ素歯磨き粉を使用しても、再石灰化作用などは期待できません。
義歯は割れ物
義歯は、とても繊細な装置です。上でも述べたように、熱湯で変形したり、研磨剤によって摩耗したりすることがあります。床に落とした場合は、割れることさえあるのです。一見、頑丈に見えたとしても、ちょっとした衝撃で壊れてしまうため、十分な注意が必要といえます。ですから、義歯は“割れ物”という認識を持って、大切に取り扱うようにしましょう。
義歯ケースの使用
義歯を作った際には、専用の保管ケースを準備しましょう。歯科医院で配布、販売されている場合もあります。普段の生活の中でも義歯を外したら、必ず義歯ケースに入れるようにしてください。義歯を外す時間がほんの数分であったとしても、テーブルやイスなどに直接、置くことはやめましょう。それが習慣化していると、いつかは義歯を壊したり、失くしたりしてしまいます。
就寝時の着脱
義歯は基本的に、眠る前に外します。睡眠中は唾液の分泌量が低下することから、義歯をつけたまま眠ると、口腔内が不潔になってしまいます。また、小型の義歯の場合は、睡眠中に外れて飲み込んでしまうおそれもあるのです。ただし、歯科医師から睡眠中も義歯をつけるように指示されている場合は、外す必要はありません。睡眠中でも噛み合わせや上下の顎の位置などを安定させるために義歯を装着する場合もありますので、そこは主治医の指示に従いましょう。
歯科医による調整
義歯と口腔内は、年月が経過するとともに変化していきます。保険診療の義歯であれば、プラスチック製の人工歯が摩耗して、噛み合わせが悪くなります。歯を失った部分の骨が痩せることでも、義歯が合わなくなることでしょう。そうした変化に対応するためには、歯科医による義歯の調整が不可欠です。義歯による治療が終わったあとも定期的なメンテナンスを受けるために、かかりつけ歯科医への通院を継続していきましょう。
義歯の取り扱いと口腔ケア
義歯を長く使い続けるためには、正しい取り扱いと適切な口腔ケアが不可欠です。とくに以下の2点を意識することで、義歯を安全に使い続けることが可能となります。
保湿
プラスチックで作られた義歯は、乾燥に弱いです。口腔から取り外した際、机の上などに放置していると乾燥によって変質してしまいます。ですから、義歯を取り外した際には、コップの中の水に浸けたり、専用のケースに保管したりするなどして乾燥を防いでください。また、口腔内の乾燥も義歯を正しく取り扱う上では不利となります。全部床義歯の場合は、そもそも口腔内の湿度が保たれていないと、吸着によって固定することが難しくなるのです。部分床義歯であっても、口腔内が乾燥していると歯茎や頬の内側の粘膜などが傷つきやすくなります。
粘膜のケア
義歯は、比較的大きな異物といえます。それを絶えず口腔というデリケートな部分に装着することになるため、粘膜へのケアも欠かさないようにしましょう。歯のない部分は、やわらかめの歯ブラシやスポンジなどで優しく清掃してください。口内炎などのデキモノができている場合は、義歯を無理に装着せず、粘膜のケアを優先するようにしましょう。
義歯の取り扱いをする中で検診が必要な場合
上段で義歯は経年的に変化するものと説明しました。その変化を無視したり、見過ごしたりすると、思いもよらないような大きなトラブルに発展することもあるため、十分にご注意ください。次に挙げるような症状が認められた場合は、歯科で検診を受けましょう。
義歯が歯肉にあたって傷ができている
義歯の辺縁やクラスプなどが歯肉にあたって痛い、もしくは傷ができている場合は、早急に検診を受けましょう。義歯の形が合っていないため、歯科医による調整が必要となります。
食事が摂りにくい
義歯を使っていく中で食事が摂りにくいと感じるようになった場合も何らかの不具合や異常が疑われます。義歯が変形しているか、口腔内に変化が起きているかのどちらかでしょう。いずれにしても歯科医院での検診が必要となります。検診の結果によっては、義歯の調整や再製作を行うことになるでしょう。
うまくしゃべれない
義歯によって舌や口腔粘膜の動きが制限されると、うまくしゃべれないという症状が現れます。義歯には人工歯だけでなく、粘膜と接する義歯床や残存歯に引っ掛けるクラスプなどが付随することから、ある程度の発音障害は避けられません。けれども、義歯に調整を加えることで、その影響を最小限に抑えることは可能といえます。ですから、義歯によってうまくしゃべれないことを我慢せず、まずは主治医に相談してみましょう。
食事や会話中に義歯が外れる
食事や会話の時に装置が外れるのも義歯によく見られるトラブルです。これも完全に防止することは難しいですが、調整を加えることで症状の改善が見込めます。とくに毎回の食事や会話で義歯が外れる場合は、根本的に適合していない可能性が高いため、早急に調整を受けましょう。
まとめ
今回は、義歯の取り扱いを正しく行う方法と目的、注意点について解説しました。部分床義歯や全部床義歯といった入れ歯は、ブリッジやインプラントとは異なり、着脱式であることから取り扱いが難しくなっています。」本文で紹介した義歯の取り扱い方法は、そのうちの一部でしかありませんので、参考程度に捉えてください。また、義歯の種類によっては、取り扱い方法が大きく変わる点も強調しておきます。
参考文献