インプラント治療では「チタン」という金属を使用します。チタンは日常生活で使用するものにも広く使われている金属ですが、それがなぜ体の中に埋め込むパーツとして使用されるのか。いわゆる銀歯のように金属アレルギーのリスクや材料の劣化による健康被害などのデメリットは伴わないのか。このコラムではそんなインプラント治療でチタンが使われる理由やデメリット、チタン以外の材料の選択肢などを詳しく解説します。
チタンについて
はじめに、チタンという金属材料について確認しておきましょう。
チタンとは
チタンは元素記号「Ti」で表される金属で、アクセサリーやキッチン用品、アタッシュケースなどで広く活用されています。航空機の主な材料になっていることでも有名です。インプラント治療では、純チタンもしくはチタン合金という形で使用されており、現状は人工歯根であるインプラント体の主原料にもなっています。
チタン素材の特性
純チタンやチタン合金には、軽くて強度が高いという特性があります。また、雨風に晒されても錆びにくいのですが、それはチタン表面に酸化膜が形成されるからです。このようにチタン素材は、軽量で強度と耐久性に優れた特性を有していることから、顎の骨に埋め込むインプラント体だけでなく、心臓のペースメーカーや人工関節といった医療機器・人工臓器にも使われているのです。
インプラントにチタンが使われる理由
さて、チタン素材の特性についてはある程度、理解してもらえたかと思います。ただ、上段で解説した特性だけでは、インプラントにおいて唯一無二ともいえる素材にはなり得ません。実はチタン素材には、生体において次のような特性を発揮することがわかっています。
金属アレルギーを起こしにくい
近年は、歯科用合金による金属アレルギーが頻繁に報告されるようになっています。それは主に金銀パラジウム合金からなる銀歯が原因となっているのですが、チタン素材に関しては、そのリスクが極めて低いことから、金属アレルギーを心配する必要はほとんどないといえます。
もちろん、チタンにも「チタンアレルギー」というものが存在しており、ごく稀にではありますがインプラント治療で金属アレルギーを発症するケースも見受けられます。とはいえ、その他の金属と比べるとチタンによってアレルギーを発症する体質の人は極端に少ないのが現実です。
ちなみに、インプラントよりも重要な人工臓器ともいえる心臓のペースメーカーでは、古くからチタンが使われているにも関わらず、深刻なトラブルや事故が起こったという話は耳にしません。それくらいチタン素材というのは、安全性が保証された金属なのです。
骨結合で口内の骨と強固に結びつく
インプラントでチタンが使われる理由として最も重要なのは「骨と結合する」点です。純チタンやチタン合金は、時間をかけて骨と物理的に結合する特性を持っています。この現象を専門的には「オッセオインテグレーション」と呼び、デンタルインプラントが開発されるきっかけともなりました。
つまり、チタンで作られた人工歯根は、木製の板にネジを埋め込むのとは異なり、強固に結びつく現象が見られるのです。光学顕微鏡でその状態を観察すると、まるで骨がチタンを覆い隠すような形で結合しているのがわかります。これはデンタルインプラントを成立させる上で欠かすことのできない要素となっています。
軽くて丈夫で、しかも錆びにくい
体内に埋め込む金属材料としては、軽くて丈夫な方が望ましいです。しかもチタン素材は錆にくいことから、顎骨に埋め込む材料としては最善といえるのです。ただ、この点はチタン素材だけに見られる特性ではないため、代替不可能とはいえません。
◎銀歯で金属アレルギーを発症する仕組みについて
ここでひとつ気になるのが銀歯による金属アレルギーの発症メカニズムです。近年、銀歯が原因で金属アレルギーを発症するケースが多くなっていますが、その理由は何なのか。また、どのようなメカニズムで金属アレルギーを発症するのかも疑問に感じることでしょう。
・銀歯による金属アレルギーが増えている理由
銀歯で金属アレルギーを発症するケースは、昔から一定数、存在していたものと考えられます。ただ、銀歯による金属アレルギーでも、主に全身症状が認められることから、まさか銀歯が根本的な原因になっているとは考えていなかったのでしょう。現在は、銀歯で金属アレルギーを発症するメカニズムも詳しくわかり、広く知られるようになったため、その症例の報告数も増えているものと考えられます。つまり、銀歯による金属アレルギー自体が増えているわけではないのです。
・銀歯から金属イオンが溶出することが原因
銀歯は、純チタンやチタン合金よりも安定性の低い材料です。しかも銀歯はインプラント体とは異なり、口腔内に露出した状態で機能します。口腔内は常に湿度が100%で、なおかつ食事による熱刺激も加わります。咀嚼によって表面が摩耗することもあるでしょう。
そうした過酷な環境で機能している銀歯からは、金属イオンの溶出が起こります。銀歯から溶け出した金属イオンは、口腔粘膜の毛細血管へと入り込んで異物とみなされ、拒絶反応が起こります。とくに銀歯は、アレルゲンとなりやすい金属が複数、含まれていることから、金属アレルギーを発症するリスクが高くなっている点にも注意しなければなりません。
チタン以外のインプラント素材
上述したように、デンタルインプラントの成立にはチタン素材が不可欠です。それは半世紀以上前から始まったインプラント治療の歴史からも明らかです。けれども、最近ではチタン以外のインプラント素材も実用化されるようになってきました。それは主にチタンアレルギーを持っている人に向けた第二の選択肢といえるでしょう。
ジルコニア
ジルコニアは、セラミックの一種です。酸化ジルコニウムから構成される素材で、金属に匹敵するほどの硬さを備えています。そのため一般的には人工ダイヤモンドとも呼ばれており、歯科の分野でも人工歯の材料として広く活用されています。
そんなジルコニアは、インプラント体の材料としても使用可能です。まず、ジルコニアはチタン以上に、アレルギー症状が起こりにくい材料であるため、チタンアレルギーを持っている人の代替材料として適しています。しかも金属のように硬く、経年的な劣化も起こりにくいことから、体の中に入れる材料としても適性が高くなっているのです。
ジルコニアにはさらにチタンと同じような骨との結合が認められます。厳密にはオッセオインテグレーションと少し異なるのですが、顎骨に埋入後、強固な固定が得られることに変わりはありません。ただし、その固定の強度はチタンに劣ると考えられています。また、現状ジルコニアインプラントは、国内で承認されていないことから、人工歯根の第一選択としては、チタンインプラントが挙げられます。
オールセラミック・ハイブリッドセラミック
チタン以外のインプラント素材としては、オールセラミックやハイブリッドセラミックなども挙げられますが、メジャーな治療法とはなっていません。そうした製品を取り扱っているメーカーも一部に限られることでしょう。
チタンインプラントのデメリット
結局、人工歯根の素材としてはチタンが最適なのですが、以下に挙げる2つのデメリットを伴う点に注意が必要です。
料金が高い
チタンやチタン合金は、その他の歯科用合金と比較すると費用が高くなっています。そもそも原材料費が高いことから、人工歯根1本あたり100,000〜200,000円程度するのが一般的です。これはあくまで人工歯根のみの価格で、その他、手術費用や上部構造の費用まで含めると、治療費は300,000〜500,000円程度になります。インプラント治療の費用が高くなるのは、チタンが高いこととも関係しているのです。
金属アレルギーを起こす場合がある
上述したように、チタンは金属アレルギーを起こしにくい素材ですが、そのリスクはゼロではありません。当然ですがインプラント治療を受ける前の段階で自分にチタンアレルギーがあることを知っている場合は、ジルコニアインプラントを検討するか、インプラント以外の治療法を選択した方が良いです。
インプラント治療後にチタンアレルギーを発症してしまった場合は、残念ながらチタンインプラントを撤去してジルコニアインプラントに交換するか、ブリッジや入れ歯治療に切り替える必要が出てきます。その場合はチタンインプラントにかかった費用が無駄になる点に注意が必要です。
チタンインプラントで金属アレルギーを発症しないために
このように、チタンインプラントにもわずかではあるものの金属アレルギーのリスクがあります。そのリスクを限りなくゼロに近付けたい場合は、次の方法を実践すると良いです。
高い純度のチタンを使用する
チタンインプラントで金属アレルギーを発症するパターンは2つに大きく分けられます。1つ目は、チタンアレルギーを持っている場合です。これは使用する素材が純チタンでもチタン合金でも変わりはないため、ジルコニアインプラントやその他の補綴治療への切り替えが必須となります。2つ目は、チタン合金に含まれるチタン以外の金属でアレルギーを発症するパターンです。このパターンでは、純度の高いチタン素材を使用することで、そのリスクを軽減できます。
事前にアレルギーのパッチテストを受ける
インプラント治療に伴う金属アレルギーが不安な人は、事前に皮膚科でのパッチテストを受けておくと良いでしょう。皮膚にシールを貼るだけで、金属アレルギーの種類を検査できる方法で、痛みや不快症状は伴いません。シールを貼ってから48時間後に変化が現れるため、皮膚科を受診してすぐに結果がわかるわけではありませんが、インプラント治療の前に受けておくだけの価値はあります。
もし、金属アレルギーの症状が出たら
◎どんな症状が出る?
チタンインプラントで金属アレルギーを発症すると、次のような症状が現れます。
- 手足の皮膚の赤み、腫れ
- 全身のかゆみ
- 口腔扁平苔癬(こうくうへんぺいたいせん)
- 掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)
チタンインプラントによる金属アレルギーの症状は、人工歯根が埋まっている部分だけに現れるわけではありません。手足の皮膚に発疹が出たり、全身にかゆみが起こったりするのは、一般的な金属アレルギーと同じなのです。ちなみに、口腔扁平苔癬は、口腔粘膜に白い斑点が現れる病気で、掌蹠膿疱症は、手足に水疱や膿疱が生じる病気です。
◎対処法は?
チタンインプラントが原因で金属アレルギーを発症した場合は、インプラント体を顎の骨から取り除くことになります。歯茎をメスで切開して、専用のドライバーでインプラント体を撤去します。当然、上部構造やアバットメントも取り除くことになります。
◎インプラントを撤去した後の対応について
チタンインプラントで金属アレルギーを発症し、インプラント体を撤去した後は、アレルゲンとなりにくいジルコニアを使ったインプラントを埋め直すか、従来法に切り替える必要があります。もちろん、何もしないという選択肢がないわけではありませんが、やはり、歯を喪失した状態を放置することは良くないため、何らかの治療法を実施した方が賢明です。
・ブリッジ
失った歯の本数が1〜2本なら、ブリッジを選択するのも良いでしょう。ブリッジは、インプラントと同じ固定式の装置なので、安定性や機能性も比較的優れています。見た目も自然な形に仕上がります。ただし、欠損部の両隣の歯を少なくとも2本は大きく削らなければなりません。それら支台歯を土台にして、複数の人工歯が連結されたブリッジを、文字通り橋を架けるような形で装着します。
・入れ歯
入れ歯は、着脱式の装置で歯を1本失った症例から、すべての歯を失った症例まで幅広く適応できます。安定性や機能性、審美性は固定式の装置に劣りますが、故障した時の修理がしやすい、残った歯を削る必要がない、気軽に作れる、といったメリットを伴います。
チタンインプラントで金属アレルギーを発症して、外科手術をしたり、歯を削ったりする処置はできれば避けたいと考えている人には、推奨できる治療法です。ただし、入れ歯を使っていると欠損部の骨は徐々に痩せていきます。その点も理解した上で治療法を検討することが大切です。
編集部まとめ
今回は、インプラント治療にチタンを使う理由やチタン以外の素材について解説しました。チタンは金属アレルギーを起こしにくい、骨と強固に結合する、軽くて錆びない、といった特徴を持っている金属であることから、人工歯根の材料として広く活用されています。それでもチタンアレルギーを発症するリスクは存在するため、現状はジルコニアインプラントという選択肢も用意されています。そうしたインプラント治療に伴う金属アレルギーなどのトラブルが怖いという人は、ブリッジや入れ歯といった従来法を選択するのも良いでしょう。
参考文献