インプラント手術を行う際には局所麻酔が欠かせません。歯肉の切開や骨に穴を開けるなど外科手術を必要とする部分が多く、痛みを伴うためです。
ですが局所麻酔では意識がはっきりしているため周囲の会話や音、手術中の自身の状況が気になる方も少なくありません。
そのためインプラント手術の際に、患者さんの精神的負担を軽減する静脈内鎮静法が選択できるようになりました。
この記事では局所麻酔と静脈内鎮静法の細かい内容とメリット・デメリットを解説します。インプラント手術を行う際の参考にしていただければ幸いです。
インプラント手術の局所麻酔と静脈内鎮静法の違い
局所麻酔と静脈内鎮静法はどちらかを選択するものではありません。局所麻酔のみで手術を行うか、静脈内鎮静法を行ったうえで局所麻酔を行うかを選択するものです。
ここでは局所麻酔とはどのようなものなのか、静脈内鎮静法を行うとどのような効果があるのかを解説します。
局所麻酔
局所麻酔とは名前のとおり、局所的に麻酔を作用させて、一時的に感覚を麻痺させる方法です。局所麻酔は3つの方法に分類され、必要に応じて患部周辺の麻酔から初め、最終的に患部そのものへの麻酔を行います。
- 表面麻酔法
- 浸潤麻酔法
- 伝達麻酔法
表面麻酔法は、麻酔を歯茎に塗布して表面の感覚を麻痺させる麻酔法です。
歯そのものに麻酔するためには、浸潤麻酔や伝達麻酔によって歯肉部分に麻酔注射を行う必要がありますが、針がお口のなかに入る恐怖や注射の痛みに不安を感じる方は少なくありません。
そこで少しでも注射の痛みを減らすために、最初に行う麻酔法が表面麻酔法になります。
浸潤麻酔法は、痛みを取りたい部分に直接麻酔薬を注射して、麻痺させる方法です。
麻酔薬が歯肉や歯を支える歯槽骨にしみ込むように広がっていき、歯の中心にある歯髄の神経を麻痺させて歯科治療中の痛みを抑えます。
最後に伝達麻酔法ですが、これは下顎の奥歯など麻酔が効きにくい部分に浸潤麻酔と併せて行う麻酔法です。
脳から出た神経が下顎に向かう途中に麻酔薬を作用させることで、口唇や舌を含む広い範囲に効果を与えます。
麻酔効果が数時間続くため、治療後の痛みも気にならないのがメリットです。
静脈内鎮静法
静脈内鎮静法とは、心を落ち着かせる効果のある鎮静薬を点滴する方法です。別名リラックス麻酔とも呼ばれています。
全身麻酔とは違い半分眠っているような状態で、意識を失うことはありません。そのため、薬が効いているときでも簡単な会話のやり取りが可能です。
また健忘効果もあり、手術中の音や振動などはほとんど記憶に残らず、時間が経つのも早く感じられます。
ただし、強い痛みを取ることはできないため、局所麻酔と並行して使用する必要がある点に注意です。
日本口腔インプラント学会のアンケートによると、静脈内鎮静法を行った55名の患者さんのうち50名が快適だったと答えています。
静脈内鎮静法を行うには歯科麻酔科医の資格を持った歯科医師が施術する必要があります。そのためどこの歯科医院でも受けられるわけではありません。
静脈内鎮静法を希望する際は、その歯科医院で可能かどうかを事前に確認しておきましょう。
局所麻酔のメリット
局所麻酔法だけを選択する場合、静脈内鎮静法に比べて麻酔からの回復が早く、経済的なメリットもあります。ここでは局所麻酔を選択するメリットを詳しく解説します。
副作用などのリスクが小さい
局所麻酔の場合、その効果が限定的であったり麻酔の量が少なかったりする点から副作用などのリスクは少ないとされます。
しかし薬である以上、ショックや中毒症状などの副作用のリスクは少なからずあります。そのため、局所麻酔を使用する際には以下の点に留意しながら使用します。
- 必要に応じて血管収縮剤の併用を考慮する
- 注射の速度はできるだけ遅くする
- 吸収が速い血管が集まっている部位は少しずつ投与する
局所麻酔を使用する際は、できる限り緩やかに薬剤を投与することが重要です。少しずつ身体に麻酔を馴染ませることが、副作用のリスクの軽減につながります。
回復までの時間が早い
局所麻酔は麻酔効果のある範囲が少ないため、回復までの時間が早いのが特徴です。
目安として、浸潤麻酔法では1~3時間程度になります。
伝達麻酔法の場合、治療に関係のない口唇や舌を含む広い範囲に麻酔効果が及ぶため、持続時間は少し長くなりますが6時間程度です。
いずれにしても治療が終わり歯科医院を出る頃には回復し始めています。手術後は安静にすることが望ましいですが、仕事や家事などがあり、すぐに行動したい方は局所麻酔が有効です。
追加料金がかからない
局所麻酔はインプラント治療の基本料金に含まれているため、追加料金がかかりません。
ただし、本来は保険診療の範囲内である局所麻酔ですが、この場合は自由診療として扱われる点に注意です。
インプラント治療は保険診療外であり、保険診療外と保険診療は併用できないルールがあるからです。
そのため、全体を自由診療として整理されます。
局所麻酔のデメリット
時間的・経済的にメリットのある局所麻酔ですが、麻酔効果が部分的で、すぐ回復するからこそ起きてしまう問題などもあります。
また、まだ麻酔が効いているのに回復したと勘違いして行動してしまいやすい点にも注意です。ここでは局所麻酔を選択した場合のデメリットを解説します。
手術中に意識がはっきりしている
お口のなかをメスで切開されたり、ドリルで穴を開けられたりする行為が好きな方は少ないでしょう。また、手術中の雰囲気や機械の音なども一般的に好まれるものではありません。
局所麻酔の場合、痛みはありませんが意識がはっきりしているので、それらすべてを体験することになります。そのため、不安・興奮・恐怖により脈拍が早くなり、血圧が上昇するケースがあります。
症状としては、めまい・吐き気・虚脱感などです。麻酔が過剰に反応すると、ショック状態となり顔色が青白くなる・冷汗や吐き気・徐脈・血圧の下降・意識消失などの症状も見られるようになります。
これらは神経性ショック・デンタルショックといわれます。数分間の安静や酸素吸入で回復しますが、パニック障害のある方などは事前に歯科医師に相談し、別の麻酔法を提案してもらった方がよいでしょう。
頬や舌を噛むリスクがある
局所麻酔の効果は浸潤麻酔法で1~3時間、伝達麻酔法で6時間ほど効果が続きます。
時間の経過とともに効果が薄れていくため、本人が麻酔の効果が切れたと感じてもまだ効果が残っているケースも少なくありません。
そのため、手術後すぐに口元に負担を与えると、知らないうちに頬や舌を噛んでしまうリスクがあります。
特に、飲食などはお口のなかを怪我するだけでなく、やけどをする可能性もあり危険です。
麻酔が効いているうちは怪我を負っても気付かず、傷口が大きくなったり出血が増えてしまったりする可能性もあります。
浸潤麻酔法の場合は少なくとも3時間、伝達麻酔法の場合は6時間は飲食を行わず安静にしていましょう。
また、何時間経っても痺れが取れない場合は歯科医師に相談するのもよい方法です。
静脈内鎮静法のメリット
局所麻酔だけでは取れない精神的不安や負担を軽減するのが静脈内鎮静法です。痛みやストレスを感じやすい患者さんにとって静脈内鎮静法は有効な手段です。
ここではインプラント手術を行う際に静脈内鎮静法を取り入れるメリットを解説します。
精神的負担の軽減を期待できる
静脈内鎮静法は半分眠ったような状態で手術を行うため、不安でドキドキしやすい・過度に緊張しやすい方もストレスなく治療を受けることが可能です。
また健忘効果もあるため、仮に手術中に何か不安を感じても手術が終わる頃には覚えていません。
インプラント治療の特徴として開口状態の維持や体位保持がほかの手術と比べて長時間におよびやすい・手術内容によっては多量の局所麻酔が必要・注水下での処置が多く咳反射や誤嚥により至適鎮静レベルが不安定になりやすい、などの点があります。
また、歯肉を切開する・ドリルで顎骨に穴を開けるなどの行為に恐怖や不安を感じるケースも少なくありません。
しかし、静脈内鎮静法によりそれらの精神的な負担の軽減が可能です。
血圧・心拍数が安定しやすい
人は恐怖や不安を感じると、自然に血圧・心拍数が上昇します。しかし静脈内鎮静法の鎮静効果によりそれらの原因を取り除くことが可能です。
また、歯科医師と患者さんとの間でコミュニケーションが取りやすい点も、精神的不安を軽減し血圧・心拍数の安定につながります。
静脈内鎮静法は全身麻酔と違い患者さんの意識は保たれたままになります。そのため「楽にしてください」「大丈夫ですよ」などの歯科医師との会話により恐怖や不安の軽減が可能です。
その他にも静脈内鎮静法中は、安全管理のために血圧・心電図・酸素飽和度などの数値を常にチェックしています。そのため、インプラント手術中の異変をすぐに察知できます。
手術の時間が短く感じやすい
静脈内鎮静法は半分眠ったような状態が続くため、手術の時間が短く感じやすくなります。また健忘効果もあるため手術中の内容をほとんど覚えていません。
そのため気付いたら手術が終わっていたような感覚になります。
静脈内鎮静法のデメリット
局所麻酔だけでは取り除けない精神的不安や負担を解消する静脈内鎮静法ですが、デメリットも存在します。術後の体力的負担や費用などです。
ここでは静脈内鎮静法を取り入れた際のデメリットを解説します。
手術当日は安静にする必要がある
静脈内鎮静法では入院の必要はありません。しかし、手術後しばらくはぼんやりした状態が続くため、手術当日は無理をせず安静にする必要があります。
自動車や自転車の運転、仕事や契約など重要な判断が必要な行為は避けましょう。
また、転倒の危険性もゼロではありませんので、公共交通機関で帰宅する場合も原則として付き添いが必要です。
日本口腔インプラント学会によるアンケート調査でも、帰宅後の様子に対し55名中11名が眠気の持続・9名が術後腫脹・8名が疼痛・7名が後出血・7名が食欲不振などの不快事項を訴えています。
手術当日は安静にしておくことが重要です。
追加料金が必要なケースがある
一般的に静脈内鎮静法はインプラント治療費には含まれず別途料金となります。
治療のなかでどうしても必要な治療法ではなく、痛みや不安を感じやすい方のために追加項目として提案するためです。
また麻酔科医師の出向が必要な場合があり、その費用がかかるのも理由の一つです。
その他にも治療時間が長くなると必要な点滴の時間も長くなるため、その分の料金が追加になる可能性があります。
静脈内鎮静法を希望する際は、基本料金と別にどの程度費用がかかるのか事前に確認したうえで依頼するのが重要です。
局所麻酔と静脈内鎮静法以外の選択肢
痛みや不安にとても敏感など、何らかの理由で静脈内鎮静法では対応できない場合には全身麻酔を適用する場合があります。
また、局所麻酔だけでは不安だが、静脈内鎮静法よりも軽い鎮静効果で十分だという方には笑気麻酔も可能です。
ここでは全身麻酔と笑気麻酔の内容を詳しく解説します。
全身麻酔
大がかりなインプラント手術、あるいは障害のある患者さんや治療に体動の激しい患者さんなどの場合、全身麻酔を使用するケースがあります。
意識を失い、また呼吸にも人工呼吸が必要になります。
そのため麻酔を行うには歯科麻酔科医という、歯科麻酔学の基本的な知識と技能を有する歯科医師または医師に対して、一般社団法人日本歯科麻酔学会が認定した資格が必要です。
歯科麻酔科医は患者さんの全身状態を診察し、麻酔計画を立て、安全性が高く快適な歯科治療が受けられるように細心の注意を払ったうえで麻酔中の全身状態を管理します。
ただし、全身麻酔はリスクも大きいため、インプラント手術で適用されるケースは多くはありません。
原則として入院が必要ですが、事前の診察や検査次第では手術後数時間の休憩をしてから帰宅も可能です。
笑気麻酔
笑気麻酔とは、笑気と呼ばれる恐怖心や不安感を減らす麻酔ガスを使用し、患者さんをリラックスした状態にする麻酔法です。
鼻を覆うマスクや特殊なカテーテルを使い、70%以上の高濃度酸素とともに笑気を吸入することで安全性・快適性の高い全身状態にします。
歯科治療に強い恐怖心を持つ方や小さなお子さんでもリラックスして治療を受けられる方法です。
静脈内鎮静法と似ていますが、効果は少し軽いものになります。
また、高血圧や狭心症などの循環器疾患や糖尿病や甲状腺疾患などの持病を持つ患者さんのように、精神的ストレスで全身状態が変わりやすい患者さんにも有効です。
また、笑気麻酔はリラックス効果に加えて鎮痛効果もあるため、表面麻酔と併用すれば痛みの少ない局所麻酔を行うこともできます。
その他にも呼吸器・循環器・肝臓や腎臓など重要臓器に対する作用が極めて小さく、呼気によって速やかに体内から排泄されることも笑気の大きな特徴です。
そのため静脈内鎮静法よりも回復は早くなります。
まとめ
静脈内鎮静法は局所麻酔だけでは取り除けない心理的不安や負担を取り除くのに有効な手段です。
一方で時間的なロスや、費用面での負担が増える点にも注意をする必要があります。
治療に対する不安や恐怖心を持つことは、決して恥ずかしいことではありません。歯科医師とよく相談し、自分に合ったインプラント治療法を選択しましょう。
参考文献