国民生活センターのアンケートによると、インプラント治療を受けた患者さんのうち36.6%がメンテナンスを受けていないという結果が出ました。
その理由としては34.4%が違和感も異常もないからで、27.3%が医師から説明を受けていないというものです。ですが、歯科インプラントを長持ちさせるには、自分自身での口腔内の清掃や定期的なメンテナンスは欠かせません。
この記事ではインプラントのメンテナンスの流れと併せて、通院頻度や費用などを解説します。
インプラントのメンテナンスについて知らなかったという患者さんの参考になれば幸いです。
インプラントのメンテナンスが必要な理由
インプラントは埋入して終わりではなく、その後の定期的なメンテナンスを必要とします。
これはインプラントを埋入したことにより起こる可能性のある病気の予防や、上部構造を長持ちさせる目的があるからです。
ここではインプラントのメンテナンスが必要な理由を詳しく解説します。
インプラント周囲炎を防ぐため
インプラントを失う原因の1つにインプラント周囲炎が挙げられます。インプラント周囲炎とは歯周病に似た病気です。
特徴としては周囲組織の発赤・膨張・出血・排膿・歯槽骨吸収・細菌感染による炎症性病変などがあります。
歯周病と比べて病状の進行が早く、悪化するとインプラントが抜けてしまうほどに、固定していた骨がなくなってしまうケースもあります。
このインプラント周囲炎を防ぐためにも、インプラントのメンテナンスは大切なポイントです。
上部構造を長持ちさせるため
上部構造とは骨に埋め込むインプラント体に被せるパーツのことで、人工歯ともいいます。純チタン・チタン合金・ジルコニアなどの素材が使用され、名前のとおり失った歯の代わりとなります。
歯の代わりなので硬く丈夫です。しかし、上部構造も定期的にメンテナンスをしなければ破損や破折する可能性があります。
例えば噛み合わせの悪さや歯ぎしりなどが原因で、上部構造に過大な負担を与えた場合です。
また、同様の原因で上部構造を固定しているスクリューが緩み、脱落・破損してしまう可能性もあります。
上部構造が破損すると修理や作り直しの原因にもなります。上部構造を長持ちさせるためにもメンテナンスは重要です。
口腔全体の健康維持のため
インプラントは人工物のため、埋入後に移動することはありません。
しかし、隣接する歯や対合歯は天然なので、経年的に移動します。そのため最初は合っていた噛み合わせがずれたり、噛む際の負担が大きくなってしまったりする可能性があります。
こうなると残っている天然歯が削損するリスクが生じる点にも注意が必要です。
天然歯に余計な負担をかけないためにも、定期的にチェックを行いメンテナンスをする必要があります。
インプラント周囲炎とは?
インプラント周囲炎とは歯周病に似た病気で、インプラント治療を受けた患者さんの実に4割で認められていると報告されています。
症状としては、周囲組織の発赤・膨張・出血・排膿・歯槽骨吸収・細菌感染による炎症性病変などが特徴です。
前段階としてインプラント周囲粘膜炎があり、この時点では歯槽骨の吸収や変化はほとんど見られず自覚症状もほとんどありません。
そのためインプラント周囲炎まで進行するケースが少なからずあり、また進行スピードも歯周病と比べて早い点に注意が必要です。
インプラント周囲炎が悪化すると歯槽骨の吸収によって埋入したインプラント体を支えきれなくなり、インプラント体を除去する可能性もあります。
インプラント周囲炎の治療法は進行具合によって以下の方法から選択します。
- 機械的な歯石・プラークの除去
- 殺菌剤による洗浄
- 局所的・全身的抗菌療法
- 切除・再生療法などの外科的療法
- インプラントの除去
インプラント周囲炎の治療は炎症を抑えることが第一とされていますが、骨吸収の度合いや細菌検査により症状を総合的に判断し決定します。
インプラントのメンテナンスの流れ
インプラント治療後には、インプラントが安定して機能するためのメンテナンスを行います。
これは定期的に行い、インプラント周囲炎の早期発見やインプラント以外の口腔内の疾患の発見のためにも重要な内容です。
口腔内の状況によってメンテナンスの間隔は変わりますが、インプラントを維持する限り必要になります。
ここではメンテナンスでどのような内容を行うのか、一連の流れを解説します。
口腔内のチェック
インプラントのメンテナンスは以下の項目を検査し、口腔内の健康が良好に保たれているかを確認します。
- 歯石の溜まりにくい状態を維持できているか
- 周囲の粘膜の状態と出血のチェック
- 歯周ポケットの深さの確認
- 排膿の有無
- インプラントの動揺度
- エックス線写真の確認
- 口腔内の観察と写真による記録
- 細菌検査・指尖血清抗体価検査
インプラントのメンテナンスを行う際に重要視されるのは、インプラント周囲炎の兆候がないかの確認です。そのため歯肉や粘膜が炎症をおこしていないかの確認が重要になります。
また、インプラント周囲炎のきっかけとなる歯石・歯垢が溜まっていないかもチェックします。さらに、インプラント周囲炎の際には何らかの細菌が増殖しているので、その検査も必要です。
このほかにも、インプラント周囲炎が進行していた場合、インプラントが動いたり骨の吸収が始まっていたりしていないかの確認も必要です。
これらのチェックを行うことで、どのような指導を行えばよいかを判断します。
噛み合わせの確認
天然歯は経年的に移動する可能性があります。すべての歯がバランスよく移動すれば問題ありませんが、人工歯のインプラントは移動しません。
そのため、噛み合わせに異常が起きていないか定期的にチェックする必要があります。
また硬いものを噛んだり歯ぎしりをしたりなどが原因で、歯がすり減り噛み合わせが悪くなっている可能性もあります。
これらの確認を行い、場合によって歯ぎしりの治療やインプラントの上部構造の修理などが必要です。
噛み合わせが悪いまま放置すると、むし歯や歯周病の原因になるだけでなく、歯全体の寿命の低下にもつながります。歯ぎしりの治療としてはマウスピースの装着などが一般的です。
歯磨き指導
どれだけインプラントのメンテナンスを行っても、普段のお手入れが悪ければ症状は改善しません。
歯と歯周組織の健康は、ホームケアと歯科医院でのケアを両立することで維持ができます。そのため歯科医師の歯磨き指導を受け、日々の適切なメンテナンスを意識することが重要です。
セルフケアの質を高めることはインプラント周囲炎やむし歯・歯周病の予防に重要です。なお、インプラント手術当日は歯磨きはできません。
手術当日は傷口がデリケートなため、歯磨きをせずうがいのみでお口のなかを清潔に保つようにします。強いうがいも避け、優しくお口をすすぐようにするのが大切になります。
歯石除去やクリーニング
歯科医院で特別な器具と技術を用いて行う口腔内清掃をPMTCといいます。PMTCでは歯科医師あるいは歯科衛生士などが、ホームケアでは行き届かない部位を中心に清掃を行います。
例えば、歯周ポケットや歯が重なった部分にたまる歯石や歯垢などです。それらの部位に対して、スケーラーという器具を使用して清掃をします。
また回転式器具を使用し、歯肉縁下3mmほどまでの歯面清掃も行います。この際には着色を落としたり歯石除去後の歯の研磨をしたりして、その後研磨粒子の小さいもので仕上げをするのが特徴です。
歯科医院でのメンテナンスの頻度の目安
インプラント治療ではきちんと噛めるようになってから1年以内が、問題の起こりやすい時期といわれています。そのため最初の1年間は十分な注意が必要で、通院回数も多く必要です。
この期間は1~2ヶ月おきに通院を行い、その後も噛み合わせやインプラントの清掃状態に問題のあるうちは、このペースを続けます。
残ってる歯やインプラントに問題がないと判断されて以降は、3~6ヶ月おきの通院となります。
家で行うメンテナンスの注意点
歯科医院でのメンテナンスの間隔が空くにつれて、家で行うメンテナンスの重要性は増していきます。
ホームケアがおろそかになるとインプラント周囲炎などの危険性が増し、歯科医院でのメンテナンスが増える可能性もあります。適切なケアを行い、インプラント周囲炎の予防を心がけましょう。
ここでは家で行うメンテナンスとして、歯ブラシや歯磨き粉の内容や、磨き方を解説します。
歯間ブラシやデンタルフロスを活用する
歯間ブラシとは細いブラシ状のヘッドがついた歯の清掃道具です。歯と歯の隙間に差し込みブラシで汚れを除去するので、歯の隙間が大きめの方に有効です。
インプラントの上部構造を作成する際に、ほかの天然歯と隙間幅を合わせておくと1種類の歯間ブラシで清掃が可能になります。
また使用の際は、上部構造とインプラント体の間にあるアバットメントの表面が傷つかないように丁寧に磨きましょう。
デンタルフロスは糸状の細い部分で歯の汚れを掻き出す清掃道具です。歯の隙間が少ない方向けになります。
インプラントの周囲上皮部は外力に弱いため、こちらも勢いよく清掃すると周辺が傷つく可能性がある点に注意です。
歯ブラシは毛先が細いものを使用する
インプラント周囲炎を抑えるためには、インプラント周辺の汚れをできる限り細かく落とすのが重要です。インプラントと歯肉の間にしっかりと毛を沿わせるようにしましょう。
そのためにも、歯ブラシは毛先が細かいものを使用するのが有効です。インプラント周囲炎を起こすと口腔内で雑菌が繁殖するだけでなく、歯槽骨の吸収が始まってしまいます。
骨吸収がひどくなるとインプラントが抜けるだけでなく、骨再生を行わないと再手術もできなくなる可能性があります。
強めの歯磨きは避ける
インプラント治療後は歯茎が弱っており、炎症を起こしやすくなっています。
また上部構造に使用するチタン表面やそこに接する軟組織境界面は傷つきやすいため、強く磨くと傷めてしまう可能性があります。
毛先を優しく当て、こするよりも横に動かすような感覚で歯磨きをしましょう。
歯肉の境目を掃除することで、インプラント歯周炎の原因となる菌や歯周病菌の繁殖を抑えることができます。
歯やインプラント全体を一気に磨くのではなく、一本一本丁寧にブラシを当てていくようにしましょう。
歯磨き粉はフッ素入りのものを使用する
フッ素は天然歯への有効性が報告されています。一方でチタン化合物に対しては1000ppmを超える濃度のフッ素は劣化の原因となるとされています。
また、それが原因でインプラント周囲炎を引き起こす可能性が高いため、インプラントを使用している場合はフッ素の利用は控えた方がよいとされていました。
しかし、日本口腔衛生学会によって2015年に発表された論文により、それが間違いだと判明しています。
それ以降はフッ素入りの歯磨き粉を使用することで天然歯のむし歯への抵抗性をあげ、口腔内全体の環境をよくするという考え方が主流です。
また、フッ素には歯のエナメル質を溶かす酸性からも守る効果があります。なお、2021年時点で日本におけるフッ化物イオン配合歯磨剤の市場占有率は93%を超えています。
研磨剤の入っていない歯磨き粉を選ぶ
フッ素入りの歯磨き粉のなかには研磨剤が配合されているものがあります。
本来研磨剤には歯の表面を磨き滑らかにする効果がありますが、インプラント治療後は研磨剤入りは避ける必要があります。
これは、インプラントと歯茎の間に研磨剤の大きな粒子が入り込み炎症の原因になる可能性があるためです。
また研磨剤入りの歯磨き粉は必要以上に歯を削るため、そのカスが汚れの原因となってしまう可能性もあります。
研磨剤が配合されている歯磨き粉の場合、成分に炭酸カルシウム・ケイ素が表記されています。これらの成分の入った歯磨き粉を避けることが、インプラントを長持ちさせる有効な手段の1つです。
根元を磨くのはタフトブラシを使用する
タフトブラシとは、毛束が1つのヘッドだけの歯ブラシになります。普通の歯ブラシでは届きにくい部分を磨くのに適しており、タフトブラシ単体ではなく歯ブラシと併用して使うのが一般的です。
タフトブラシは歯ブラシのように握りこむのではなく、親指・人差し指・中指でペンを使うように持ちます。
鏡を見ながら歯の根元と歯肉の間を軽い力で小刻みに動かしながら磨きましょう。タフトブラシは一般的な歯ブラシと同じように、毛先が乱れてきたら交換の時期です。
まとめ
インプラントのメンテナンスを行うことは、口腔内の健康を保つだけでなくインプラントの修理や作り直しなど将来的な費用面の負担も抑えます。
インプラントは治療して終わりではなく、その後の一生をかけて付き合う必要がある治療法です。ケアを怠ってしまうとインプラントの寿命が短くなるだけでなく、残っている健康な歯の劣化にもつながります。
日々の歯磨き方法はもちろんのこと、歯科医師の指導を受け適切なメンテナンスを心がけましょう。
また、わからないことや不安なことがあれば歯科医師に相談しましょう。
参考文献