インプラントは、失った歯を補う方法で、周囲の歯に依存せずに固定できます。顎の骨に人工歯根を埋め込むことで、独立した人工歯を手に入れられます。しかし、歯というのは単独で機能することは不可能とされています。
土台となる歯槽骨や歯茎は、周囲と連続していることから、インプラントと隣の歯は常に影響し合いながら機能していくことに注意が必要です。ここではそのようなインプラントと隣の歯の影響や考えられるトラブルと対処法を解説します。
インプラントが隣の歯に与える影響は?
歯の欠損部にインプラントを埋め込んで機能させると、次にあげるような影響が起こりえます。
噛み合わせが変化する
歯は歯列弓というアーチ状に並んでいて、上下の歯列が面で接触するようになっています。これが噛み合わせといわれるもので、歯の主な機能である咀嚼ができるようになります。
歯は1本1本が独立して機能しているのではなく、歯列として働いています。そのため、1本歯を失うと、隣の歯が倒れてくる、噛み合っていた反対の歯が伸びてくるといった変化が起こり、咀嚼能率が低下します。もともとあった歯の役割を隣の歯などが負担することになるので、噛み合わせも変化していきます。
歯がなかった部分を補綴装置で補った場合も同様の現象が起こります。インプラントは人工歯根が顎の骨と物理的に結合することから、天然歯のような柔軟性がなく、移動しないのです。そのしわ寄せは、結果として柔軟性のある天然歯へとおよび、全体の噛み合わせもそれに合わせて変化していくことでしょう。
歯や歯根に圧力がかかる
歯根はチタンで作られていて顎骨と強固に結合しており、歯冠はセラミック製であることから、噛み合わせに応じて適度に摩耗するようなこともありません。
こうした装置が歯の欠損部に現れると、隣の歯の歯冠や歯根は、圧迫を受けてしまうことがあります。許容範囲を超える圧力の場合、さまざまなトラブルを引き起こすことがあるため注意が必要です。
歯の傾きや移動のリスクがある
インプラントによる噛み合わせの変化や隣の歯への圧力は、歯の傾きや移動のリスクを伴います。インプラントが原因で、隣の歯の歯並びが悪くなることもあるのです。
こうしたリスクは、検査・診断を精密に行い、適切な治療計画を立てることで抑えられますが、口腔はとても複雑な動きをする器官であるため、完全に除去することは不可能です。
歯周病や感染症のリスクがある
インプラントが原因で、隣の歯が歯周病になったり、根尖性歯周炎のような感染症を発症したりするリスクもあります。
インプラントが原因で起こる隣の歯のトラブル
インプラントが原因で起こる隣の歯のトラブルについて深く掘り下げていきます。
インプラント周囲炎が隣の歯に感染する可能性
インプラントは、歯根から歯冠まですべてが人工物で構成された装置であるため、むし歯になることはありません。しかし、周囲には正常な歯周組織が分布しており、インプラントが不潔になると歯周疾患を発症してしまうことがあります。これが、インプラント周囲炎と呼ばれるものです。
インプラント周囲炎は、歯茎や顎の骨を破壊することで、インプラント体の脱落を招きますが、その影響は隣の歯にもおよびます。インプラント周囲を発症したら即座に隣の歯まで歯周病を発症するわけではありませんが、そのリスクがあることは正しく理解しておく必要があります。
噛み合わせが合わなくなる可能性
インプラントを装着すると噛み合わせや歯並びが変化する恐れがあります。 天然歯だけで構成された歯列であれば、それぞれが適切に動くことで噛み合わせもよい方向へと適応していきますが、それ自体が動くことのないインプラントがあると、上下の噛み合わせが合わなくなり、咀嚼障害を引き起こすことがあります。
隣の歯にだけ大きな負担がかかることで、歯の欠けや破折、歯根にひびが入るなどの悪影響をおよぼしかねません。
手術時の侵襲で隣の歯が弱くなる可能性
インプラント手術では、人工歯根を埋入するために、歯茎をメスで切開し、顎の骨に穴を開けます。人工歯根はドリルで回転させながら埋めることから、顎の骨に火傷を負って細胞の一部が死滅する場合もあります。
手術時の侵襲は、隣の歯まで影響をもたらす可能性もあります。インプラントの手術時に隣の歯を直接、削ったり、圧迫したりすることは稀ですが、歯周組織がダメージを受けることで、隣の歯が弱くなるような悪影響がおよぶかもしれません。
隣の歯の病気が原因で起こるインプラントのトラブル
インプラントという異物が天然の歯列のなかに入ってくることで、さまざまな変化が生じることは理解してもらえたかと思います。その関連で、逆のパターンも考えておく必要があります。つまり、隣の歯が原因でインプラントにトラブルが生じるケースです。
隣の歯の歯周病でインプラント周囲炎になる
インプラントの隣の歯が天然歯の場合は、むし歯や歯周病にもなります。
インプラントはすべてが人工物で構成された装置であるため、隣の歯がむし歯になっても何ら影響はありませんが、歯周病となると話は変わります。インプラントは天然歯よりも歯周病菌による影響を受けやすいことから、隣在歯の歯周病は普段以上に予防が大切となります。
隣の歯が歯周病になって重症化すると、細菌感染や炎症の範囲がインプラント周囲までおよんで、インプラント周囲炎を発症する可能性も十分考えられるのです。インプラント周囲炎は、通常の歯周病よりも進行が早く、重症化もしやすいことから、インプラント治療後に避けたい病気です。
隣の歯の根尖病巣でインプラントが感染する
隣の歯のむし歯を放置していると、根管から病変が漏れ出て、根尖部に病巣を作るようになります。その結果、発症する病気を根尖性歯周炎といいます。 根尖性歯周炎は基本的に患歯やその周りだけに影響がおよぶ病気ですが、歯周組織は隣の歯とも連続していることを忘れてはいけません。根尖病巣の範囲が広がると、隣に埋入されているインプラントにまで感染が拡大することもあるのです。それによってインプラント周囲炎を発症し、人工歯根を撤去せざるをえなくなる可能性も否定はできません。
インプラントの隣の歯にトラブルが起きた場合の対処法
インプラントそのものではなく、インプラントの隣の天然歯にトラブルが起きた場合、どのように対処すればよいのでしょうか。インプラント治療を検討中の方やもうすでにインプラントを装着した方は、この点も気になることでしょう。
トラブルの原因に応じた治療を行う
インプラントの隣の歯に何らかのトラブルが生じた場合は、それぞれの原因に応じて治療法も変わってきます。
◎隣の歯が歯周病になった
インプラントに隣在する天然歯が歯周病になった場合は、早急に歯周病治療を受けましょう。歯周病はむし歯と同じく、自然には治らない病気です。歯周病を放置していると、病状が進行してインプラントへと悪影響をおよぼし始めます。早い段階で歯周基本治療を受けることが推奨されます。
歯周基本治療とは、軽度から中等度の歯周病に適応される治療で、スケーリング・ルートプレーニング(SRP)やクリーニング、歯磨きの指導を行って口腔内の歯周病菌の数を減らします。歯周基本治療で改善が見込めないケースには、フラップ手術に代表される歯周外科治療が適応されます。
いずれにしても隣のインプラントに悪影響が及ぶ前に、適切な対策をとらなければなりません。ひどいケースでは、歯そのものを抜いて、周りへの影響を抑えることになります。
◎隣の歯がむし歯になった
むし歯も早期に治療を受ければ、インプラントへの影響を防止することが可能です。隣の歯のむし歯によって、インプラントに深刻な影響があるのは根尖性歯周炎です。
むし歯のなかでもC3〜C4まで進行したケースで見られるものなので、早い段階で治療を始めれば、インプラント周囲炎を誘発するリスクを下げられます。すでにC3やC4まで進行しているケースでも、根管治療を行うことで根尖病巣が消失し、インプラントへの影響も防ぐことが可能です。
インプラントの隣の歯がむし歯になった場合も歯周病と同様、できるだけ早く歯科医院での治療を受けることが重要となります。
ブリッジ治療や新しいインプラントを埋入する
隣の歯のトラブルによって、インプラント周囲炎を発症した場合は、まずはインプラント周囲炎の治療に専念します。抗生物質を服用したり、歯周ポケットのなかに薬剤を注入したりして、細菌の活動を抑えます。
上部構造を外して、インプラントの周りを機械的に清掃する方法もインプラント周囲炎には有効です。症状が改善しない場合はインプラントの撤去が必要となります。
インプラントを撤去した後は、従来法であるブリッジや入れ歯で欠損部を補うのが一般的です。隣の歯のトラブルが解決し、インプラントを埋め込んでいた歯周組織の状態も良好になれば、改めてインプラントを埋入するという選択肢も選ぶことができます。
隣の歯を歯列矯正によって移動させる
隣の歯の生えている位置が悪いことで、インプラントに影響している場合は、歯列矯正で歯並びを改善する方法も選択肢のひとつです。
隣の歯を正常な位置へと移動できれば、噛み合わせもよくなり、インプラントに過剰な負担がかかることもなくなります。歯列矯正によって清掃性が向上することもインプラントにはよい影響をもたらすことでしょう。
インプラントと隣の歯の影響を防ぐポイント
インプラントと隣の歯が悪い影響を及ぼし合うリスクを減らす方法、それによって生じるトラブルを防ぐ方法について解説します。
インプラント治療の前に精密検査を行う
通常、インプラント治療では上下にたくさんの歯が残っており、そのなかに1本のインプラント体を埋め込むことになるため、周囲の歯にさまざまな影響をもたらす可能性が高くなります。そのため、インプラント治療前の検査は精密に行うことが大切です。
一般的な口腔内診査やレントゲン検査はもちろんのこと、CTスキャンによって隣の歯の生え方や顎骨の厚み、奥行き、高さなどを正確に把握します。そのデータを使って、インプラント体の埋入位置や角度、深さなどをデジタルシミュレーションすることも重要です。
オールオン4ではこうした精密検査が不要となるわけではありません。オールオン4でも通常のインプラント治療と同様、場合によってはそれ以上に精密な検査が必要となりますが、隣の歯への影響は、前者の方に有利な点が多く、インプラント体の埋入位置の自由度も高くなります。
無理のない治療計画を立てる
失った歯の治療法には、インプラント以外にも入れ歯とブリッジがあります。それぞれ適した症例が異なるため、自分に合った治療法を選ぶことが大切です。
インプラントしか受けたくないという姿勢で治療に臨むと、無理な治療計画を立ててしまうことにつながります。隣の歯を圧迫したり、噛み合わせを悪くしたりするなどのトラブルが起こるかもしれません。
術後の定期的なメンテナンス
インプラント治療後も顎の骨や隣の歯の噛み合わせなどは変化していきます。その変化を早期に発見し、早い段階で対処するためにも、術後のメンテナンスは定期的に受けるようにしましょう。メンテナンスでは、インプラントのクリーニングや噛み合わせの調整なども受けられます。
まとめ
インプラントと隣の歯の影響と考えられるトラブルや対処法について解説しました。インプラントは、天然の歯列のなかに埋め込まれる人工物であり、患者さんのお口の状態によってはさまざまな影響が現れます。その結果としてインプラント周囲炎を発症したり、隣の歯が歯周病になったりすることもあるため、術中はもちろんのこと、術後も細心の注意を払わなければなりません。万が一、インプラントと隣の歯に悪影響が生じた場合でも、迅速に対処すれば、より深刻なトラブルへの発展は免れることができます。
参考文献