失った歯を歯根から回復できるインプラント。見た目や噛み心地が天然歯に近く、失った歯の治療法として人気が高まっている治療法ではありますが、外科手術が必須となる点に注意が必要です。顎の骨にチタン製の人工歯根を埋め込む手術で、1回法と2回法の2つに大きく分けられます。ここではそんなインプラント手術の1回法と2回法の違いやそれぞれのメリット・デメリットについて詳しく解説をします。
インプラント1回法と2回法の違い
インプラント手術の1回法と2回法には、以下の4つの点で違いが見られます。インプラント手術の回数について悩んでいる人は参考にしてみてください。
費用面の違い
インプラント手術の1回法は、文字通り1回の手術で外科処置が完了します。そのため2回の手術を行う2回法よりも費用を安く抑えることが可能です。インプラント手術では、特別な機材や薬剤を使用するだけなく、専門知識を持った複数のスタッフが協力して処置を進めていくため、1回でもそれなりのコストがかかります。その回数を減らせることは、自ずと治療費の抑制にもつながるのです。
患者への身体的負担の違い
インプラント手術は、一般的な外科手術と比較して、患者さんの心身への負担が特別大きいわけではないのですが、それでもやはり一般の歯科治療と比べると、身体的ダメージやストレスは大きくなります。ケースによっては、局所麻酔を多めに投与したり、静脈内鎮静法(じょうみゃくないちんせいほう)という特殊な麻酔法を実施したりするため、相応の身体的負担を被ることになります。その回数が1回で済むのか、2回行わなければならないのかというのは、患者さんにとって重要な違いとなることに間違いはありません。
感染症リスクの違い
どのような外科手術にも必ず感染症のリスクを伴います。それは皮膚や粘膜をメスで切開したり、骨を削ったりするからです。もちろん、インプラント手術を行う場所は感染対策が徹底されていますが、完全な無菌状態とすることは不可能です。そのため手術の回数が増えるほど、感染症リスクも高くなるといえるでしょう。ですからインプラント手術においては、1回法よりも2回法の方が術中・術後の感染症にかかりやすくなります。この点は全身状態が健康であれば、それほど大きな問題にはなりませんが、糖尿病や喫煙などのリスク要因を持っている人にとっては、インプラント治療の安全性を考える上で、デメリットになることもあります。
感染症のリスクについて、もうひとつの視点があります。それは傷口を縫合するか否かです。2回法の場合は、1次手術で傷口を完全に縫合するため、術後の管理はしやすいです。一方、1回法は傷口を縫合せずに手術を終えることから、術後の管理は2回法より難しくなります。そういう観点からは、2回法よりも1回法の方が感染リスクが高くなるといえます。
適用範囲の違い
インプラント手術の1回法と2回法には、適用できる範囲に大きな違いがあります。
◎1回法の適用範囲
インプラント手術を1回で終わらせる1回法は、顎の骨と全身の健康状態が良好でなければなりません。また、骨移植や骨造成といった追加の処置が必要となる場合も1回法の適用が難しくなるといえるでしょう。そのため現状では、インプラント治療に1回法を適用するケースは一部に限られています。
◎2回法の適用範囲
インプラント手術の2回法は、1回法以外の症例に適用可能です。何らかの理由で顎の骨が不足していても、GBR法やソケットリフト、サイナスリフトといった骨造成法を併用することでインプラント手術が可能となります。もちろん、顎の骨や全身状態が著しく悪い症例は、2回法はおろかインプラント治療そのものが適用できないケースもありますので、その点はご注意ください。
1回法について
次に、インプラント手術の1回法の手順やメリット・デメリットについて解説します。
1回法の手術手順
インプラント手術の1回法は、次の手順で進行します。
STEP1:局所麻酔を施す
インプラント手術では、歯茎や骨に大きなダメージが及ぶため、必ず局所麻酔を施します。麻酔の種類は一般的な歯科治療で用いるものと同じです。これから処置を施す部分に注射をして、局所麻酔薬を投与します。インプラント手術への不安感や恐怖心が強い場合は、静脈内鎮静法(じょうみゃくないちんせいほう)という麻酔を併用することが可能です。腕の静脈から鎮静剤を投与することで、半分眠ったような状態でインプラント手術が受けられます。
STEP2:歯茎を切開する
インプラントを埋め込む部位の歯茎をメスで切開します。この時点で局所麻酔の効果が十分に効いているため、痛みなどの不快症状は伴いません。
近年は、サージカルガイドという装置を使ったガイデッドサージェリーが広く行なわれるようになっています。サージカルガイドとは、インプラントを埋め込む角度や位置、深さなどの情報が記録されたマウスピース型の装置で、手術時にそれを装着することで人工歯根をスムーズに埋入できます。しかもサージカルガイドを使用すれば、歯茎をほとんど切らずに埋入処置を実施することが可能なのです。これを専門的にはフラップレス手術と呼んでいます。
STEP3:顎の骨に穴を開ける
インプラントは、ネジの形をした人工歯根です。人工歯根にあたる上部構造を支えるためにも、顎の骨にしっかりと埋め込まなければなりません。そこでまずは人工歯根を埋め込むための穴を顎の骨に開けます。この時に使用するのは歯科用の電動ドリルです。「顎の骨に穴を開ける」と聞くと、とても強い痛みを伴いそうに感じますが、局所麻酔が効いているため、ほぼ無痛状態で処置を進めることが可能です。
STEP4:人工歯根を埋入する
インプラント治療のかなめとなる人工歯根(フィクスチャー)を顎の骨に埋め込みます。インプラント専用のドライバーを使って、顎の骨にねじ込む形となります。上述したガイデッドサージェリーなら、サージカルガイドの誘導に従ってフィクスチャーを埋入するだけなので、比較的安全に、なおかつ短時間でフィクスチャーを埋入できます。
ここでひとつ大きなポイントとなるのが後段で解説する「インプラントのタイプ」です。インプラントはワンピースタイプとツーピースタイプの2つに大きく分けられるのですが、1回法の場合はどちらでも選択可能です。ワンピースタイプを選択した場合は、アバットメントの部分が露出した状態で手術が終わります。ツーピースタイプを選択した場合は、ヒーリングアバットメントという仮の蓋のようなものを装着して手術が終わりますが、後日、最終的なアバットメントを装着する必要があります。どちらにしても、口腔内にアバットメントが出ている状態で帰宅することになります。
STEP5:治癒期間(3~4ヵ月程度)
チタン製の人工歯根であるフィクスチャーが顎の骨と結合するのを待ちます。この現象を専門的には「オッセオインテグレーション」といいます。一般的な症例では、3~4ヵ月程度の期間を要します。
STEP6:上部構造の製作・装着
アバットメントや歯茎、人工歯根の状態が安定したら人工歯にあたる上部構造を製作します。歯型が取れたら模型を作り、上部構造を製作します。完成した上部構造を装着したら、インプラント治療も完了です。
1回法のメリット
- 患者さんの心身にかかる負担が少ない
- 治療期間が短い
- ワンピースタイプは費用を抑えられる
1回法のデメリット
- 骨不足があると適用が難しい
- 重篤な全身疾患があると適用できない場合がある
- 術後の管理をしっかり行わないと感染リスクが高まる
- 対応できる歯科医師が一部に限られる
2回法について
次に、インプラント手術の2回法の手順やメリット・デメリットについて解説します。
2回法の手術手順
インプラント手術の2回法は、次の手順で進行します。
STEP1:局所麻酔を施す
1回法と同様、外科処置を始める前に局所麻酔を施します。必要に応じて静脈内鎮静法を併用する場合もあります。
STEP2:歯茎を切開する
歯茎をメスで切り開き、十分な視野を確保します。サージカルガイドを用いたガイデッドサージェリーの場合は、歯茎を大きく切開する必要はありません。
STEP3:顎の骨に穴を開ける
人工歯根であるフィクスチャーを埋め込むための穴を開けます。専用のドリルを使った処置となります。
STEP4:人工歯根を埋入する
顎の骨にフィクスチャーを埋め込みます。専用のドライバーでゆっくりと埋入します。
STEP5:歯茎を縫合する
ここからは1回法と異なるプロセスを踏みます。手術の冒頭で切り開いた歯茎を糸で縫合して傷口を塞ぎます。フィクスチャーは歯茎の中に埋まった状態となるため、口腔内に露出しているものはありません。
STEP6:縫合糸を抜き取る(1週間後)
手術から1週間程度、経過すると傷口が治癒へと向かいます。粘膜を消毒した上で、縫合糸を抜き取ります。いわゆる抜糸に大きな痛みを伴うことはありません。
STEP7:治癒期間(3~4ヵ月程度)
チタン製の人工歯根であるフィクスチャーが顎の骨と結合するのを待ちます。この現象を専門的には「オッセオインテグレーション」といいます。一般的な症例では、3~4ヵ月程度の期間を要します。
STEP8:2次手術
再び、歯茎をメスで切開して、フィクスチャーにアバットメントを装着します。アバットメントを装着した後は、上部構造を製作するための歯型取りを行います。
STEP9:上部構造の装着
完成した上部構造を装着したら、インプラント治療は完了です。その後は定期的なメンテナンスを受けていくことになります。
2回法のメリット
- ほとんどのインプラント症例に適用できる
- 傷口を縫合するため術後の管理がしやすい
2回法のデメリット
- 手術を2回行うため心身にかかる負担が大きい
- 治療にかかる費用が高い
- 治療期間が長くなる
インプラントのタイプ
最後に、インプラントの2つのタイプについて解説します。
1回法でのみ用いられる「ワンピースタイプ」
ワンピースタイプのインプラントは、人工歯根であるフィクスチャーと連結装置にあたるアバットメントが一体となっています。埋入後は必ずアバットメントの部分が口腔内に露出する形となるため、1回法でのみ使用可能です。
フィクスチャーとアバットメントが一体となっているため、装着のプロセスが簡便になるだけでなく、使用していく中でネジが緩むようなトラブルも起こり得ません。ただし、アバットメントの部分に破損などが生じた場合は、フィクスチャー含めて撤去する必要性が出てきます。つまり、ワンピースタイプには、アバットメントのみ修理・交換することができないというデメリットを伴うのです。
両方で用いられる「ツーピースタイプ」
フィクスチャーとアバットメントが分かれているのがツーピースタイプのインプラントです。です。フィクスチャーとアバットメントは、ネジで連結させるため、1回法と2回法の両方で使用可能です。ツーピースタイプの場合は、アバットメントの形態を工夫することで、上部構造の位置を調整できます。アバットメントが壊れた際もフィクスチャーを温存した形で修理が行えます。
そうした背景もあり、現在はワンピースタイプよりもツーピースタイプのインプラントが主流となっています。ツーピースタイプは使い勝手が良いインプラントなのです。
まとめ
本記事では、インプラント手術の1回法と2回法について、手術手順の違いやそれぞれのメリット・デメリット、さらにインプラントの2つのタイプである、ワンピースタイプとツーピースタイプの違いについて解説しました。1回法は手術が1回で済むため、心身や経済面の負担が減り、治療期間も短縮できますが、適用できる範囲が狭いです。2回法はほとんどのインプラント症例に適用できる反面、手術を2回行う必要があり、治療期間が長くなります。この記事が、インプラント手術を検討されている方の参考になりましたら幸いです。
参考文献