インプラント治療で必要となることがあるサイナスリフト。外科的な侵襲が高く、術後にさまざまな症状が起こりうる治療であるため、そのリスクは事前に正しく理解しておく必要があります。
本記事ではサイナスリフトの特徴や術後に起こりやすい症状、術後に注意すべき点を解説します。インプラント治療でサイナスリフトを受ける予定の方やもうすでに受けた方は、このコラムの内容を参考にしてみてください。
サイナスリフトとは
サイナスリフトとは、上顎のインプラント治療で骨の高さが不足しているケースに適応される骨造成の一種です。上顎洞底挙上術（じょうがくどうていきょじょうじゅつ）と呼ばれるもので、上顎骨のすぐ上に位置する上顎洞の底部に骨造成を行い、インプラント体をしっかり埋めることができる環境を整える方法です。
上顎骨の高さの不足が軽度であれば、ソケットリフトという侵襲性の低い術式で対応できるのですが、中等度から重度のケースに対しては、サイナスリフトが必要となります。
サイナスリフトの治療の流れ
サイナスリフトの治療は、次のとおりです。
◎局所麻酔を施す
サイナスリフトの手術では局所麻酔を施します。術中に強い痛みを感じることはほとんどありません。それでも外科手術が怖いという方には、静脈内鎮静法が併用されます。静脈内鎮静法とは、腕の静脈から鎮静剤を投与して、気持ちをリラックスさせるための処置です。静脈鎮静法では半分眠ったような状態となり、不安を感じることはほとんどありません。
◎歯茎の切開
サイナスリフトは、インプラント体を埋入する部位の側面からアプローチします。つまり、上顎骨の頬の側の歯茎をメスで切り開きます。
◎顎骨の窓開け
歯茎を切り開くと顎骨が露出します。小さな穴を開けて、骨造成のための経路を確保します。顎骨と上顎洞の間には、シュナイダー膜という薄い膜が存在しており、膜を傷つけないようにすることがとても大切です。
◎シュナイダー膜の剥離
上顎骨にあるシュナイダー膜を破らないよう丁寧に剥離して、上顎骨とシュナイダー膜の間に空間を形成します。
◎骨補填材の填入
上顎骨とシュナイダー膜の間の空間に、骨の再生を促す骨補填材を填入します。
◎顎骨の穴を塞ぎ歯茎を縫合する
顎骨の穴を特殊な膜や骨片で塞ぎ、歯茎を縫合したらサイナスリフトの手術は完了です。
サイナスリフトが必要な理由
サイナスリフトは顎骨の側面からアプローチする骨造成術なので、インプラント治療とは無関係に思うかもしれません。そこで気になるのがサイナスリフトを必要とする理由です。
◎上顎骨と下顎骨の違い
上顎骨と下顎骨は、どちらも歯を支える器官ですが、厚みや密度などに大きな違いが見られます。一般的には下顎骨の方が厚く、しっかりしていて、インプラント治療で高さが足りなくなることはまずありません。一方、上顎骨にはすぐ上に上顎洞という空洞が存在しており、下顎骨よりも薄く、インプラント体を埋めるのに必要な高さが足りないことがあります。
顎骨の不足が3〜5mm以内ならソケットリフトで対応できるのですが、3〜5mm以上の不足していると、シュナイダー膜を剥離して上顎洞底を大幅に挙げるサイナスリフトが必要となります。
上顎骨の高さが不足した状態で無理にインプラント体を埋め込むと、その一部が上顎洞に突き出たり、丸ごと上顎洞に迷入してしまうリスクがあります。
サイナスリフトの術後に起こりやすい症状
サイナスリフトの術後に起こることがある症状について解説します。
腫れや痛み
サイナスリフトの手術では、歯茎をメスで広く切開したり、顎の骨に窓を開けたりする処置を伴うことから、術後には相応の腫れや痛みが生じます。これらの症状は、手術の性質上、避けることはできません。患者さんの身体の状態や手術のやり方、術後の過ごし方によっては、腫れや痛みが軽度で済むこともあります。
副鼻腔炎（蓄膿症）
サイナスリフトでアプローチするのは、副鼻腔のひとつである上顎洞です。その上顎洞に細菌感染が起こったり、人工骨にアレルギー反応を示したりすると、副鼻腔炎を発症する可能性があります。これは上顎洞底挙上術ならではの合併症であり、下顎骨の骨造成で起こることはまずありません。
内出血
サイナスリフトの術後には、患部の周囲に内出血が起こることも多々あります。これも外科手術である以上、避けることが難しい症状といえるでしょう。サイナスリフトの手術によって生じた内出血は、2〜3週間経過するときれいになくなります。
インプラントの上顎洞への移動
一般的な症例では、サイナスリフトの手術を行い、骨が十分に再生されるのを待ってからインプラント体の埋入手術を行います。骨の状態が安定するまでには通常、半年以上の期間を要しますが、ケースによってはサイナスリフトの手術と同時に、インプラント体の埋入処置を行うこともあります。このときに注意が必要なのがインプラント体の上顎洞への移動です。
そもそもサイナスリフトを必要とする症例は、上顎骨の高さが不足しており、インプラント体が上顎洞へと突き出たり、迷入したりするリスクが高くなっています。そのためサイナスリフトの処置が不十分だと、こうしたトラブルを引き起こしかねないのです。インプラントが上顎洞へ移動すると重大な合併症になるため、歯科医師は再診の注意を払っています。
サイナスリフトの手術で、インプラント体が上顎洞へと移動する可能性が高いのであれば、埋入手術を同時に行う方法は避けなければなりません。また、術前の検査・診断を精密に行っていれば、このようなトラブルは未然に防ぐことも難しくはないので、サイナスリフトの手術は、高い知識や技術を持ち、経験が豊富な歯科医師に任せるようにしましょう。
サイナスリフトの術後に注意すべきこと
ここまでの解説で、サイナスリフトの術後にはさまざまな症状が起こりえることがわかったかと思います。その中のいくつかは、サイナスリフトの術後に以下を守れば症状の軽減が期待できます。
鼻をかむときはゆっくりと
サイナスリフトは、上顎骨と上顎洞の間に分布しているシュナイダー膜への処置がメインとなります。シュナイダー膜はとても薄く、繊細な組織であるため、サイナスリフトの術後に過剰な力を加えると、膜が破れてしまう場合があります。
具体的には、鼻を強くかんだり、くしゃみをしたり、大声で歌ったりするような行為は、患部に不要な刺激を加えるため、できるだけ避けるようにしましょう。こうした行為は、シュナイダー膜の損傷を引き起こすだけでなく、開窓した顎骨や縫合した粘膜にも悪影響を及ぼしかねません。
激しい運動や長い入浴をしない
親知らずの抜歯や通常のインプラント手術と同様、サイナスリフトの手術後も全身の血流がよくなるような行為は避けてください。
ランニングやスポーツなどの激しい運動は1週間は控えましょう。熱い湯船に長く浸かるのは、サイナスリフトの手術から2〜3日後まで我慢してください。サイナスリフトの手術から2〜3日程度、経過すると傷口の状態も落ち着き、長い入浴も可能となります。
喫煙や飲酒を避ける
喫煙は、サイナスリフトの術後はもちろんのこと、術前も避ける必要があります。そもそも喫煙は、歯茎や顎の骨の血流を悪くし、傷の治りを遅らせるだけでなく、インプラント体と顎の骨との結合を妨げる作用があるため、インプラント治療を受ける方は原則として禁煙する必要があるのです。
喫煙は治療を遅らせるため、術前後は禁煙が原則です。「サイナスリフトの術後だけ」とか「インプラント治療が終わるまで」といった中途半端な気持ちで治療に臨むと、結果的に後悔することにつながるでしょう。
飲酒に関しては、基本的に激しい運動や長い入浴と同じ理由で、サイナスリフトの術後に控えるべきだといえます。つまり、お酒を飲むことによって全身の血流がよくなり、傷口が開いたり、再出血したりするリスクを抑える必要があるからです。飲酒もサイナスリフトの手術から2～3日経過すれば、傷口の状態も落ち着いてくるため、少しずつ再開してもよいといえます。ただし、サイナスリフトの手術から2〜3日経過しても強い痛みや腫れが残っているような場合は、症状が落ち着くまで飲酒も控えてください。
サイナスリフトの術後に生じる腫れや痛みを抑える方法
サイナスリフトの術後の腫れや痛みを抑える方法やポイントを解説します。
患部を冷やす
サイナスリフトで手術した部位は、大きく傷ついているため、術後に腫れやすくなっています。手術した部位が腫れること自体は、生理的な反応であり、悪いものではないのですが、大きく腫れると日常生活に支障をきたすことから、サイナスリフトの術後は患部を冷やすとよいでしょう。その際、注意が必要なのが「患部を冷やし過ぎないこと」と「患部を直接冷やさないこと」です。
サイナスリフトでは、歯茎をメスで大きく切開し、顎の骨に穴を開けて骨補填材を入れる処置なので、傷を治す反応はある程度、起こらなければなりません。それにも関わらず、患部を冷やすことにこだわると、傷の治りが遅れたり、新たな異常を引き起こしたりするリスクが生じます。患部に氷を直接当てるような行為も同様の理由から控えてください。
サイナスリフトの術後に患部を冷やす場合は、お口の外から冷たいタオルや冷却シートなど当てる程度にとどめましょう。患部を適度に冷やすことができれば、サイナスリフトの術後の腫れや痛みを軽減できます。
頭を高く保って安静にする
頭の位置が低くなると、患部に血流が集中して、腫れや痛みを強める場合があります。縫合した部分から再出血する可能性もあるので、頭を高く保った状態でゆっくり休みましょう。
指示されたとおりに処方薬を服用する
サイナスリフトの術後には、痛み止めや腫れ止め、抗菌薬などが処方されます。歯科医師に指示されたとおりに服用してください。
特に痛み止めや腫れ止めを適切なタイミングで服用することで、サイナスリフトの術後の腫れや痛みを軽減しやすくなります。抗菌薬を処方された場合は、症状が出てからではなく、指示されたとおり予防的に服用する必要があります。サイナスリフトの術後に細菌感染する兆候が見られなかったとしても、抗菌薬は処方されたものを指示されたとおりにすべて服用しなければなりません。
腫れや痛みが続く場合は早めに歯科医師に相談する
サイナスリフトによる腫れと痛みのピークは術後2〜3日が一般的です。それまでは強い腫れや痛みが現れるかもしれませんが、処方された薬剤を服用し、上述した方法を実践して、症状の軽減に努めましょう。サイナスリフトの手術から3〜4日経過しても一向にピークを迎える兆しがなかったり、腫れや痛みが強くなったりした場合は、何らかの異常が疑われるため、早めに執刀した歯科医師に相談しましょう。サイナスリフトの術後の症状で歯科医師に相談することは決して悪いことではありません。
例えば、腫れや痛みが長引く理由が感染性の上顎洞炎であった場合は、移植した骨や埋入したインプラントなどをすべて取り除く必要があります。そのまま放置していると、感染の範囲が広がってより深刻な病気を引き起こす可能性も出てくるのです。 これは極端な例ではありますが、歯科医師はこうしたトラブルを未然に防ぐためにも患者さんの術後の容体については誰よりも正確に知っておきたいものなので、遠慮せず相談しましょう。
まとめ
今回は、上顎のインプラント手術で顎の骨の高さが足りない場合に必要となるサイナスリフトの特徴や術後に起こりやすい症状、術後の注意点などを解説しました。サイナスリフトは骨造成術のなかでも侵襲性の高い治療法なので、術後の腫れや痛み、内出血は強く現れやすいです。ケースによっては副鼻腔炎やインプラント体の上顎洞への迷入なども起こるため、信頼できる歯科医師に治療を任せることが大切です。患者さんのサイナスリフトの術後には、患部に不要な刺激を与えないよう、細心の注意を払わなければなりません。それでもなお痛みや腫れなどが長引いたり、想定を超えるような症状が現れたりした場合は、迷わず主治医に相談しましょう。
参考文献
電話コンシェルジュで地域の名医を紹介します。