インプラントは失った歯を補う補綴治療で、天然の歯のような噛み心地が得られるのが特徴です。適切にメンテナンスをすれば半永久的に使用できるため、治療を受ける方も増えています。とても便利なインプラントですが、治療の影響で合併症を伴う場合もあります。インプラント治療に伴う合併症の1つとして挙げられるのが上顎洞炎です。今回はインプラントによって上顎洞炎が起こる原因や症状について解説します。当てはまる症状はないか、ぜひ確認してみてください。
インプラントで上顎洞に炎症が起こる原因
- 上顎洞で炎症が起こる原因を教えてください。
- インプラント治療で上顎洞に炎症が起こる原因は、インプラント体の上顎洞への穿通や骨移植材料が上顎洞へ散乱することなどが原因です。上顎にインプラント体を埋め込む際に、インプラント体が上顎洞まで突き抜けて穴が空いてしまうことを穿通といいます。上顎洞に穿通したインプラント体の影響で、上顎洞内に細菌感染が起こることで上顎洞炎を発症します。このようなインプラントの穿通を防ぐために、上顎の骨の厚さが薄い患者さんには、上顎洞底拳上術(ソケットリフト・サイナスリフト)が行われるのが一般的です。しかし、この上顎洞底拳上術に用いられる骨移植材料が上顎洞炎の発症原因となる場合もあるのです。上顎洞底拳上術では上顎洞粘膜の下に骨移植材料を入れ、インプラント体を埋め込むために必要な骨の厚みを作ります。この骨移植材料が何らかの原因で上顎洞内に散らばってしまうと、そこから細菌感染を起こして上顎洞炎を発症してしまうのです。このようなインプラント治療に伴う上顎洞炎を防ぐには、しっかりとした治療計画と歯科医師の技術が必要となります。
- 上顎洞炎は起こりやすい病気ですか?
- インプラント治療単体の上顎洞炎の発症割合の統計はありませんが、歯科領域に関連する歯性上顎洞炎は、副鼻腔炎全体の5〜40%程の割合とされています。この割合にはむし歯・歯周病・根管治療・インプラント治療など歯科領域に関する原因が含まれているため、インプラントのみの歯性上顎洞炎の割合は明確にはなっていません。しかし近年のインプラント治療の増加に伴い、インプラントに起因する歯性上顎洞炎の発生件数が増えてきているとされています。上顎にインプラントを埋め込む場合すぐ近くに上顎洞が存在するため、施術方法によっては上顎洞炎が発症しやすくなるリスクがあるのは事実です。しかし、適切な処置と治療後のメンテナンスを行うことでリスクを下げられるでしょう。
- 治療期間について教えてください。
- インプラントによる上顎洞炎の治療期間は症状や治療方法によって異なりますが、少なくとも2〜3ヵ月程度の期間がかかるでしょう。インプラントに伴う上顎洞炎の主な治療方法として以下が挙げられます。
- 内服療法・上顎洞内洗浄
- 内視鏡下鼻内手術
- 原因物質の除去
インプラントが上顎洞へと穿通している状態であっても、機能が保たれている場合にはインプラントを残したまま治療が行われます。この際の第一選択となるのが内服療法と上顎洞内洗浄です。内服療法ではクラリスロマイシンなどのマクロライド系の抗生物質を内服し、症状の改善を促します。併せて上顎洞内の洗浄も行います。内服療法と上顎洞内洗浄にかかる治療期間は約3ヵ月です。内服療法と上顎洞内洗浄で症状が改善しない場合には内視鏡下鼻内手術が行われるでしょう。内視鏡下鼻内手術では内視鏡を上顎洞内に挿入し、炎症を起こしている粘膜の除去や膿汁の吸引を行います。併せて内服療法なども行われるので、治療期間は3ヵ月程かかります。内視鏡下鼻内手術と内服療法を併用することで、内服療法単体よりも症状の改善が見られる可能性が高いです。内視鏡下鼻内手術でも改善が見られない場合には原因物質を除去する治療が行われます。インプラントを抜去することになりますが、症状が完治する可能性が高い治療方法です。
インプラントでの上顎洞炎の症状
- インプラントでの上顎洞炎の症状について教えてください。
- インプラントでの上顎洞炎の症状として以下が挙げられます。
- 膿性鼻汁
- 後鼻漏
- 鼻詰まり
- 嗅覚障害
- 頬の痛み
- 頭痛
上顎洞炎の代表的な症状に膿性鼻汁があります。膿性鼻汁とは膿が混じった鼻水のことで、黄色くドロドロとしているのが特徴です。上顎洞炎では上顎洞の粘膜に炎症が生じます。炎症症状が続くと粘膜の炎症部分から膿が排出されるようになり、膿性鼻汁として鼻から出てくるようになるのです。これに対し、鼻ではなく喉の方に鼻水が流れ込む状態を後鼻漏といいます。後鼻漏では鼻をかんでも鼻水はあまり出ません。その代わり、喉の方へ鼻水が流れ込んでしまうのです。後鼻漏では膿性の鼻水で喉が刺激されるため、喉の違和感や声の掠れなどを伴う場合があります。この他、粘膜が腫れたり膿が溜まったりする影響により、鼻詰まりや匂いが感じづらいといった嗅覚障害などの症状が現れる場合があるでしょう。また、上顎洞炎を発症すると頬が痛んだり頭痛が出たりすることがあります。これらの症状は風邪やアレルギー症状でも見られるため、インプラントによる上顎洞炎の症状だとは気付きにくいかもしれません。もしインプラント治療後にこれらの症状が現れたら、風邪だと決めつけずに一度病院で検査を受けるようにしましょう。
- 何科を受診すればよいでしょうか?
- インプラントによる上顎洞炎が疑われる場合には、歯科と耳鼻咽喉科の両方で受診しましょう。上顎洞炎は耳鼻咽喉科の領域ですが、歯性上顎洞炎はインプラントや歯に原因があるため、歯科の領域でもあります。インプラント体などの歯性上顎洞炎の原因の除去は主に歯科が行い、副鼻腔口の閉塞の改善などを目的とした内視鏡下鼻内手術は耳鼻咽喉科が行います。このように、インプラントに起因する上顎洞炎の治療には、歯科と耳鼻咽喉科の連携が必要です。インプラント治療を受けた歯科医院で受診するとともに、耳鼻咽喉科でも診察・治療も受けるようにしましょう。
- 合併症を引き起こすことはありますか?
- インプラントに伴う上顎洞炎によって、次のような合併症が現れることがあります。
- インプラントの脱落
- 顔面や目の周りの発赤・腫脹
- 視力障害
- 眼球運動障害
- 脳膿瘍
上顎洞へと穿通したインプラントの周辺組織で炎症が繰り返し起こることで、インプラント周囲の骨吸収が進んでインプラントが脱落する場合があります。重度の急性症状の場合、上顎洞が位置する頬のあたりや目の周りなどに発赤や腫脹が現れることがあるでしょう。また、上顎洞炎の影響で物が見えづらくなったり、眼球が動かしづらくなったりといった目の合併症が現れる場合があります。これらの症状は上顎洞炎の炎症が眼窩や視神経に波及することで現れます。また、上顎洞の炎症が周辺組織へと波及して脳まで到達することで、激しい頭痛や発熱を伴う脳膿瘍を発症する場合もあるでしょう。このように、上顎洞炎の合併症は目や脳にまで影響が及ぶ場合があるので、早めに治療を開始することが大切です。
インプラントでの上顎洞炎を発症したときの対処法
- インプラントでの上顎洞炎を発症したときの対処法はありますか?
- インプラントによる上顎洞炎を発症した場合には、早めに医療機関で受診するのが効果的な対処法です。風邪やアレルギー症状などが原因の上顎洞炎であれば、鼻うがいなどの対処法を試すことで自然治癒する場合もあるでしょう。しかし、インプラント治療が原因の歯性上顎洞炎の場合、炎症の原因を取り除いたり抗生物質の投与を行ったりするなどの治療をしなければ完治は難しいです。インプラントでの上顎洞炎に気付いたら早めに医療機関で受診するのが効果的な対処法です。
- 受診時は自費診療になりますか?
- 上顎洞炎を疑う何らかの症状があるのであれば健康保険の適用となるので、自費診療にはならないでしょう。また、治療においても歯性上顎洞炎は保険診療内で治療が可能です。内視鏡下鼻内手術なども保険診療で治療が受けられます。手術なので一般的な外来治療よりは高額にはなりますが、健康保険区分の1〜3割の範囲内での負担で済みます。
- 見つけた場合はすぐ受診した方がよいですか?
- インプラント治療後に上顎洞炎を疑う症状を見つけた場合には、すぐに医療機関で受診しましょう。無治療のまま症状を放置していると上顎洞炎が重度に進行したり、炎症が周辺組織に波及したりして合併症を起こす危険性があります。インプラント治療後の歯性上顎洞炎は治療後数年から十数年経ってから現れることもあります。そのため、インプラント治療から数年以上経っていたとしても、上顎洞炎を疑う症状が現れたらすぐに医療機関で受診するようにしてください。
- 治療期間中の生活で気を付けることはありますか?
- 上顎洞炎の症状が現れているときは喫煙や飲酒を控えるようにしましょう。タバコを吸うことで鼻の粘膜が薄く弱くなるため、細菌感染を引き起こしやすくなりますし、炎症を悪化させる可能性があります。飲酒には血管を拡張させる作用がありますが、これにより鼻の粘膜が腫脹して鼻詰まりの症状が酷くなる場合があります。治療中はできるだけ喫煙や飲酒は控え、治療に専念しましょう。
編集部まとめ
インプラント治療の影響により上顎洞炎が発症する場合があります。このような歯科治療に伴い発症する上顎洞炎は歯性上顎洞炎と呼ばれ、耳鼻咽喉科と歯科の両方の治療が必要な疾患です。風邪やアレルギーによって引き起こされる上顎洞炎は自然治癒する場合もありますが、歯性上顎洞炎は治療しなければ完治させることが難しい病気です。症状に気付いたら早めに医療機関で受診して治療を開始しましょう。
参考文献
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